前回は、ナデラ氏の「数十年で考え、四半期で実行する」を読みました。
今回は、AIそのものを「工場」と呼ぶ人の言葉です。工場という言葉は、私の会社の歴史に直結します。
NVIDIA創業者でCEOのジェンスン・フアン氏は、2026年3月の基調講演で、AIをトークンを産出する工場として語りました。順序は変えません。まず私のルーツから。次に彼の想像力。最後に、私の中に何が生まれたか、です。
私の会社が「工場」だった日
私の会社にも、工場のように回っていた仕事があります。
SEOです。
工程は四つでした。コンテンツをつくる。サーバーに公開する。記事を更新する。リンクを送る。
前の二つは外注に出しました。後の二つは自動化しました。人の手は、ほとんど入っていません。
この工場の産物は、記事ではありませんでした。上位表示されたという結果です。
お客様が買っていたのも、そこでした。だから対価は成果報酬です。順位が上がらなければ、いただかない。産物が出たときだけ、お金になる仕組みでした。
その工場は、ある日から回らなくなりました。
コンテンツの量産と、リンクの量産に、Googleが対応したからです。投入も加工も、そのままでは無効になりました。
産物が変わったのではありません。工場そのものが、外から止められたのです。
そのあと、コンテンツを重視する施策に変えました。
図1 工場として読む——投入、加工、産物。AIを工場と見ると、自社の工場の産物を問い直せる
フアンは何を言ったか
フアン氏は、AIをモデルではなくシステム、つまり工場として語りました。私はそこに、道具ではなく産物を問う視点を見ました。
ジェンスン・フアン氏は、NVIDIAの創業者でCEOです。2026年3月、同社の開発者会議GTCで基調講演(3月16日)に立ち、会期中のパネル討論(3月18日)にも登壇しました。NVIDIA公式ブログが、その内容をライブ記録として公開しています。以下は、そこに本人の発言として記録された言葉から、私が自分で訳したものです。発言の日付は、場ごとに分けて示します。
記録によれば、基調講演はトークンを現代のAIの基本単位と位置づける映像で始まりました。科学の発見にも、仮想世界にも、物理世界で動く機械にも共通する、構成要素としてのトークンです。
氏は、20年を迎えた自社の計算基盤を「フライホイール(はずみ車)」と呼び、AIのライフサイクルのあらゆる段階を支える、と述べました。
基調講演の締めくくりに、氏はこの日の主題をあらためて並べ直しました。項目名に製品名が含まれるため、ここでは列挙しません。
私が目を留めたのは、二日後のパネル討論(3月18日)です。そこで氏が繰り返したのは、一つの考えでした。AIはモデルではなく、システムである、と。
同じパネルで、コーディングについてこう述べています。
コーディングは、ソフトウェア工学にとどまらない。それは、業務プロセスを記述し、コード化したものだ……ほとんどすべての仕事がそうである。
さらに同じ場で、専有か開放かの対立についても、氏はこう述べています。専有か開放かという問いは、そもそも成り立たない。専有であり、かつ開放である、と。
私の工場の産物は、いま何か
いま私は、二つの工場を回しています。
一つはSEOです。AIに調査をしてもらい、コンテンツを書いてもらう。そこに自社のフィードバックを与えて、公開用のコンテンツにします。
もう一つは商談です。お客様のバックグラウンドと方針をAIに調べてもらい、仮説営業のコンテンツを作ってもらいます。
昔の工場と、形が違うところが一つあります。
かつての工場は、人の手を抜く方向に組みました。外注と自動化で、自分たちが入る場所を減らしていったのです。
いまの工場には、自社のフィードバックという工程が入っています。自分たちの判断を、わざわざ工程の中に戻している。
産物を決めているのは、そこです。
私がつまずいた、四つのパターン
工場という言葉を聞いて、私は何度も同じところでつまずきました。心当たりがあれば、同じ道です。
パターン1:道具を買えば、工場になると思う
- 最新の道具を入れることが目的になる
- 投入するもの(データ・問い)が整っていない
- 産物を誰が使うか、決まっていない
工場は、道具ではなく、投入と産物で決まります。道具は誰でも買える、という前記事群の結論が、ここでも効きます。
パターン2:産物を数えて、使い道を数えない
- 出力の量で成果を測る
- 産物が誰の何を変えたかを追わない
- 工場は動いているが、売上は動かない
産物はトークンでも、買われるのは判断と行動です。氏が「業務プロセスを記述し、コード化したもの」と言ったのは、この使い道の側でした。
パターン3:専有か開放か、で止まる
- 自社独自か、汎用かの二者択一で悩む
- 決まらないので、工場が建たない
- 競合は、両方使っている
氏の言葉では、専有であり、かつ開放である。自社の産物は専有、投入する知識は開放。この組み合わせを決めれば、工場は動きます。
パターン4:前のやり方に、固執する
これは、私の失敗です。
工場が止まったあと、私はすぐに切り替えられませんでした。
前の手法が通用しなくなったことは、頭では分かっていました。それでも、同じ投入を続けました。切り替えるまでに、一年ほどかかっています。
産物が変わったのに、投入を変えなかった。それが一年分の遅れになりました。
いまのAIの工場では、逆のことをしています。
最初は、曖昧な問いを入れていました。それを、少しずつ具体にしていきました。
解像度を上げれば上げるほど、産物はよくなります。同じ道具を使っていても、投入した問いの解像度の分だけ、出てくるものが変わりました。
道具を替えるより、問いを替えるほうが早い。一年かけて学んだのは、そちらでした。
図2 道具は買える。産物と使い道は、会社ごとに違う——工場の左側と右側を分けて、右側を自社の歴史から書く
ドラッカーが「知識の結合」と呼んだもの
工場の話は、製造業の話に見えます。しかし古典に当てると、生産性そのものの話でもあります。
ドラッカーは『現代の経営』で、こう述べています。
生産性の向上は、肉体労働によっては実現されない。逆にそれは、肉体労働をなくす努力、肉体労働を他のものに置き換える努力によってもたらされる。
(P・F・ドラッカー『経営の哲学』上田惇生編訳、ダイヤモンド社。『現代の経営』からの抜粋)
同じ『経営の哲学』には、『ポスト資本主義社会』からの言葉もあります。結合こそ偉大な科学者の特性であり、結合によって知識の生産性をあげることは、かなりの程度学ぶことができる、と述べられています。
さらに『乱気流時代の経営』では、こう述べられています。知識労働者に生産性を要求するのであれば、成果をあげることのできる部署に配置しなければならない、と。いずれも『経営の哲学』に所収されたものです。
フアン氏の工場は、知識を結合してトークンを産出します。ドラッカーの言葉で言えば、その産物を成果に結びつく場所へ配置できるかが、会社の側の仕事です。工場を持つことと、産物を活かすことは、別の仕事でした。
絶望し、そして欲望が生まれる
世界の最先端にいる人の言葉を読むと、私はまず絶望します。そして、その絶望から欲望が生まれます。
工場という言葉を聞いたとき、私が最初に思い出したのは、止められた工場のほうでした。
あれだけ手をかけて組んだ工程が、外の判定基準が変わっただけで、無効になりました。
同じことが、また起きないとは言えません。いま回している工場も、外から止められるかもしれない。その影は、消えていません。
それでも、読み終えて残ったのは、別のものでした。
少人数でも、構造を作ってしまえば、大きなことができる。その未来が見えました。
私は以前、少数でも大きな仕事はやれると思っていました。実際にやってみて、そうではないと学びました。大きな仕事には組織が要る。そう書いたのは、このシリーズの前のほうです。
いま見えているのは、その否定ではありません。条件が一つ足された、ということです。
構造を作ってしまえば、という条件です。かつて少人数で回らなかったのは、構造がなかったからでした。
工場は、その構造の名前かもしれません。
ギャップは、埋めるべき欠損ではなく、燃料です。次の記事「ギャップは、埋めるものではなく、燃料である」で、この距離の測り方を扱います。
そして問いは、シリーズの出発点に戻ります。なぜ、経営者は学びつづけなくてはいけないのか。工場は買えるが、投入する問いと産物の使い道は、学んで自分で書くしかないからです。
あなたの会社の工場は、いま何を産出していますか。よければ、その話を聞かせてください。塾長としてではなく、同じ産物を探す同志として。
よくある質問
「AIは工場である」とは、製造業の話ですか?
違います。フアン氏は、AIをモデルではなくシステムとして語りました。投入し、加工し、産物を出す構造の話です。産物はトークン、つまり言葉や判断や行動です。
小さな会社に、AI工場の話は関係ありますか?
工場そのものは、大きな会社が建てます。関係があるのは、産物を何に使うかです。氏の言う「業務プロセスを記述し、コード化したもの」は、小さな会社の日常の仕事でもあります。
何から手をつければいいですか?
私の順序は、自社の仕事を一つ選び、投入・加工・産物の三つに分けて書くことです。産物を誰が使うかが書けなければ、道具を入れても工場になりません。
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出典
- NVIDIA Blog「NVIDIA GTC 2026: Live Updates on What’s Next in AI」(blogs.nvidia.com・基調講演2026年3月16日/パネル討論2026年3月18日・本人発言の記録)。引用は筆者訳
- P・F・ドラッカー『経営の哲学——いま何をなすべきか』上田惇生編訳、ダイヤモンド社(『現代の経営』『ポスト資本主義社会』『乱気流時代の経営』からの抜粋)
