掃除も、サービスではなく修行——場を使う側から、整える側へ

この記事でわかること

  • 本来の接心では、掃除も食事の準備も全員で行う
  • 掃除はサービスではなく、修行の一部という考え方
  • 全部できなくても、自分たちが使った場所は整える

前回は、長者が息子の暮らしに降りていく話を書きました。言っても信じない相手には、まず隣で一緒に過ごす、という話です。

人が集まって何かをする場所、つまり場を、誰が整えるのか。坐禅会の世話人の方は、掃除もサービスではなく修行の一部だ、と話していました。

坐禅会には、日ごろの会とは別に、集中して坐る会があります。接心(せっしん)と呼ばれるものです。接心とは、数日のあいだ、朝から晩まで坐禅に集中する修行の期間のことです。

その接心の最後に、参加者が一人ずつ感想を話す時間がありました。その中で掃除の話が出たのを受けて、世話人の方が話し始めました。

目次

「それを全部やる」

世話人の方は、まず本来の接心がどういうものかを話しています。

まあこれは真似事をちょっとやっていただいただけなんですが、本当はというと、接心は朝四時に起きたら本当に全員が掃除から、お寺の掃除から……

……それからお寺の外の草むしり、お掃除、庭の掃除まで、それを全部やる。

朝四時に起きて、全員で、全部やる。

お寺の中の掃除から始まり、食事の準備、外の草むしり、庭の掃除まで。坐ることだけが接心なのではない、ということです。

「サービスではなくてね」

そして、この一段の芯になる言葉が続きます。

これが修行なんですよ。サービスではなくてね。それも含めて修行なんですよ。

サービスではなく、修行。

掃除や食事の準備は、誰かが参加者のためにしてくれるサービスではない。坐ることと同じく、修行の一部だ。世話人の方は、そう言っています。

目を留めたいのは、「それも含めて」という言い方です。坐禅が本体で、掃除はおまけ、ではありません。掃除も含めて、ひとつの修行です。

掃除を、どちらに置くか サービスとして 坐禅(本体) 掃除・食事は、誰かがしてくれる 場を「使う」側 修行として 坐禅 + 掃除・食事の準備 + 草むしり・庭 場を「整える」側 坐禅会の接心(2018年2月)での世話人の方の言葉をもとに筆者が図化

図1 掃除を、どちらに置くか——サービスとして受けるか、修行の一部として担うか

「自分たちの使ったところぐらいは」

では、この会の会場では、それをどこまでやるのか。世話人の方は、この会場では本来、参加者が掃除をする必要はない、と断りました。そのうえで、こう話しています。

それを少なくとも最低限ね、自分たちの使ったトイレと台所と色々使った程度ぐらいは綺麗に掃除して……

そこまでやるのが本来の接心なんですよという意味で、そういうお話をして、皆さんにやっていただいているということなんです。

全部はできなくても、自分たちが使ったところぐらいは、自分たちで綺麗にする。世話人の方は、それを「形だけでもいいから」という言い方もしています。

締めくくりは、こうでした。

だからこれはミニ接心というか、接心の真似事で、本当はそういうことを全部……みんな四時に起きて、四時、五時に起きて、全部自分たちでやる。

お寺は実際そうです。

真似事でも、やる。本物の全部はできない。けれども、その一部を形だけでもやることで、本来の姿を体に通しておく。私は、そう受け取りました。

私の場合——決まりはないが、気持ちを整える時間

私の会社では、掃除について特に決まりはありません。

一方で、私自身は掃除を、気持ちを整える時間だと位置づけています。

世話人の方の言葉に当てはめると、「気持ちを整える時間」という位置づけは、掃除をサービスの側ではなく、修行の側に置く見方に近い。私はそう読みました。

世話人の方の話は、もう一つ問いかけているように読めます。掃除を、一人の心の中の位置づけで終わらせるのか。場を使う人みんなで担うものにするのか。

一人の位置づけから、場の担い方へ 一人の位置づけ 掃除は 気持ちを整える時間 最低限の一線 自分たちが使った ところぐらいは 場の担い方 使う側から 整える側へ 全部はできなくても、形だけでも、自分たちで 坐禅会の接心(2018年2月)での世話人の方の言葉と、筆者自身の場合をもとにした筆者の読み

図2 一人の位置づけから、場の担い方へ——間に置くのは「自分たちが使ったところぐらいは」という一線

組織に置き換えると

会社にも、みんなが使う場所があります。会議室、給湯室、トイレ、共有の棚。

こうした場所を、誰かが整えてくれるものとして使うのか。自分たちで整えるものとして使うのか。世話人の方の言い方を借りれば、サービスとして受けるか、修行の一部として担うか、の違いです。

大きな決まりを作らなくても、世話人の方が示した一線は使えそうです。自分たちが使ったところぐらいは、自分たちで綺麗にする。会議のあとの机と椅子を戻す。使った給湯室を拭いておく。

場を使う側から、整える側へ回る。その小さな移動が、組織の中で場を自分たちのものにすることにつながるのだと私は考えます。

「掃除を強制せよ」という話ではありません

誤解されやすい点が、二つあります。

一つ目。社員に掃除を強制せよ、という話ではありません。世話人の方は、「最低限」「形だけでもいいから」と言い、趣旨を話したうえで「やっていただいている」と話しています。押しつけるのではなく、意味を伝えて、一緒にやる形です。

二つ目。業者や担当者に任せるのは間違いだ、という話でもありません。世話人の方も、この会場では本来、参加者が掃除をする必要はないと断っています。問いは、誰がやるかより、場を使う側でいるか、整える側に立つかという構えのほうにあると私は読みました。

まとめ——場を、使う側から整える側へ

  1. 本来の接心は、掃除も食事の準備も全部やる。朝四時に起きて、全員で
  2. それはサービスではなく、修行。坐ることと掃除を分けず、「それも含めて」修行
  3. 全部できなくても、自分たちが使ったところぐらいは。真似事でも、形だけでも、自分たちで整える

心を高める、経営を伸ばす。場を使う側から整える側へ回ることは、心の側の話であり、組織の側の話でもあると、この言葉を読み直して思いました。

老師は、環境は自分の心の反映だ、と言います。同じ「環境」を心の側から見ると、何が見えてくるのか。次回は、その話です。

明日、一つだけやってみる

明日、自分が使った会議室や机まわりを、誰かに任せず自分で整えてみてください。形だけでも構いません。

よくある質問

Q. 「接心」とは何ですか。

数日のあいだ、朝から晩まで坐禅に集中する修行の期間のことです。世話人の方の話では、本来の接心では、朝四時に起きて、掃除や食事の準備まで全員で行います。

Q. 掃除を「修行」と考えると、何が変わりますか。

世話人の方の言い方では、掃除はサービスではなく、修行の一部です。誰かがしてくれるものとして場を使う側から、自分たちで整える側に立つ。その構えが変わる、と私は読みました。

Q. 宗教的な話として受け取るべきですか。

接心という修行の場での話ですが、この記事が借りたのは、場を使う側から、整える側へという見方です。用語を外しても、見方は残ります。

出典

  • 坐禅会の接心(2018年2月)の録音記録。「まあこれは真似事をちょっとやっていただいただけなんですが……それを全部やる」「これが修行なんですよ。サービスではなくてね。それも含めて修行なんですよ」「自分たちの使ったトイレと台所と色々使った程度ぐらいは綺麗に掃除して」「そこまでやるのが本来の接心なんですよという意味で……皆さんにやっていただいているということなんです」「ミニ接心というか、接心の真似事で……全部自分たちでやる」「お寺は実際そうです」は世話人の方の発言(録音の16:05〜18:21前後)
  • 話者と字句は、会に出席していた筆者が確認した(2026年9月)。文字起こしの「施餓鬼」は「接心」の聞き違いであることを確認し、「接心」と表記した
  • 「この会場では本来、参加者が掃除をする必要はない」「形だけでもいいから」は、世話人の方の発言(16:38〜17:16前後)を筆者が要約したもの
  • 引用は録音の文字起こしから。言いよどみや、意味が取れない部分は「……」で省いた
  • 「接心」の説明は、筆者の補足です
  • 会社の掃除に特に決まりはない、掃除は気持ちを整える時間、という記述は筆者自身のものです
  • 本文中に坐禅会の関係者・老師・世話人の方・参加者のお名前は記載していません。参加者の感想の内容は引用していません
  • 本記事は特定の宗教を評価・推奨するものではありません

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この記事を書いた人

Takuomi Mochidaのアバター Takuomi Mochida 株式会社ベンチャーネット代表取締役

株式会社ベンチャーネット 代表取締役
2005年に株式会社ベンチャーネットを設立後、SEOをはじめとするデジタルマーケティング領域のコンサルティングサービスを展開
広告・SNS・ウェブ・MA・SFAと一気通貫で支援を行っています
著書に『普通のサラリーマンでもすごいチームと始められる レバレッジ起業 「バーチャル社員」があなたを救う』(KADOKAWA、2020年)

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