前回、ゲイツ氏の「準備ができていない」を読みました。準備とは待つことではなく、線を引くことでした。
今回は、線を引く前に、期限と数字で未来を描け、と言った人の言葉です。日本語で読める、シリーズで唯一の一次資料でもあります。
ソフトバンクグループの孫正義氏は、2026年7月の講演で、2040年の姿から逆算して今を決めよ、と述べました。順序は変えません。まず私のルーツから。次に彼の想像力。最後に、私の中に何が生まれたか、です。
六本木ヒルズを見ながら、私は何を描いていたか
私も、期限と数字でビジョンを描いたことがあります。
3年計画をつくり、売上を設定して、上場までの絵を描きました。形容詞ではなく、年と数字で書いた絵です。
当時、私の会社は六本木にありました。六本木ヒルズを見ながら、野心を燃やしていました。
あの頃の六本木ヒルズは、インターネット革命の象徴でした。そこに入っている会社が次の時代をつくると、誰もが思っていた。私も、その景色の中にいました。
孫氏の言葉を借りれば、インターネット革命の「最初の20年」の只中です。勝負がほとんど決まったと氏が言う、その20年を、私は六本木で、期限と数字を書きながら過ごしました。
これが私のルーツです。その絵がどうなったかは、第6章で書きます。
孫正義は何を言ったか
孫氏は、ビジョンとは期限と数字を明確に描くことだ、と述べました。私は自分の事業計画の曖昧さを、そこで突きつけられました。
孫正義氏は、ソフトバンクグループの代表取締役 会長兼社長執行役員です。2026年7月14日の特別講演から、以下は公式ビジネスブログの講演レポートに載った本人の発言です。
氏はまず、経営者に向けてこう述べました。
経営トップにとって一番大切なこと、それは『ビジョン』であり『戦略』です。
そして、曖昧さを退けます。
『たくさん』『すごく』という曖昧な形容詞ではなく、より鮮明なビジョンがなければ具体的な戦略は立てづらいのです。
氏が示した期限は2040年です。今から15年のうちに世界全体のGDPの約20%がAIの世界に置き換わる、という見立てが語られました。数字は2026年7月14日時点の氏の予測です。当否はここでは扱いません。
私が目を留めたのは、進化についての一文です。
AIが嫌いでそれを非難することは、自らの進化を拒絶することと同じだ
続けて氏は、車や飛行機は手足の延長だったが、超知能によって初めて「頭脳の延長」が可能になる、と述べます。空いた時間で人間は何をするのか。自分が最もやりたいこと、最も感動し、興奮することに時間を使えばよい、と。
締めくくりの定義は、こうでした。
ビジョンとは、期限と数字を明確に描くことです。
15年後の姿から逆算して、今こそ準備をしていくべきだ、と氏は講演を結んでいます。
図1 15年後の姿から、今を逆算する——期限と数字で描いた未来から、今年と来年の一手を引く
私の分身は、いま何を学んでいるか
氏の言う「分身」は、私にとって将来の話ではありません。
私は今、AIを育てています。
育てるとは、道具を使うこととは違います。使うだけなら、誰でも同じ答えが返ってきます。育てるとは、自分の判断基準を渡していくことです。
たとえば私は、何を一次資料と認めるか、どこまでを引用と呼ぶか、どの順序で書くかを、一つずつ言葉にして渡しています。渡した基準は残り、次の仕事で効きます。
これは自分の頭の中にあった暗黙のものを、外に出して形にする作業です。だから渡していない部分は、いつまでも空のままです。
私がつまずいた、四つのパターン
期限と数字で未来を描くとき、私は何度も同じところでつまずきました。心当たりがあれば、同じ道です。
パターン1:形容詞で、ビジョンを語る
- 「もっと大きく」「かなり効率化」と言う
- 期限も数字もないので、来年の一手が出てこない
孫氏が退けたのは、この語り方でした。形容詞は気分を表しますが、戦略を生みません。
パターン2:予測の当否を議論して、自分の準備をしない
- 「20%は大きすぎる」と数字を評論する
- 評論している間、自社の期限は決まらない
数字の当否は、私には分かりません。分かるのは、当否と無関係に、自社の期限と数字を自分で置けることです。
パターン3:延長ではなく、置き換えだと思う
- 「AIに任せる=自分は考えない」と受け取る
- 分身に渡す材料がないので、一般論しか返ってこない
氏は「頭脳の延長」と言いました。延長は、元の頭脳の内容で決まります。
パターン4:期待に届かないと、拒絶する
これが私の失敗です。
理想の資料や成果物ができないとき、私は「AIなんて」と思っていました。使ったことがないからではありません。使ったからこそ、届かなさが見えたのです。
しかし、モデルが上がってきて、それを越えてきました。
つまり私の「AIなんて」は、その時点の性能への評価でした。それを技術そのものへの評価だと勘違いすると、越えてきた瞬間に立ち会えません。拒絶は、たいてい少し早すぎます。
図2 仕事は、AIにではなく、AIを使う会社に移る——拒絶と進化の二つの側を、自社の現在地から見る
ドラッカーが「すでに起こった変化」と呼んだもの
15年後から逆算する話は、大企業の話に見えます。しかし古典に当てると、どの会社にも当てはまる時間の読み方です。
ドラッカーは『創造する経営者』で、こう述べています。
出生率の急増や急減は、一五年後、二○年後までは労働人口の大きさに影響をもたらさない。だが、変化はすでに起こっている。戦争や飢饉や疫病でもないかぎり、結果は必ず出てくる。
(P・F・ドラッカー『経営の哲学』上田惇生編訳、ダイヤモンド社。『創造する経営者』からの抜粋)
同じ『経営の哲学』には、『未来への決断』からの言葉もあります。
トレンドを利用する者は必ず成功する。構造的なトレンドの変化に抗う者は、短期的に成功することさえ難しく、長期的にはほとんど勝ち目がない。
(同じく『経営の哲学』所収、『未来への決断』からの抜粋)
孫氏の「15年後から逆算」は、予測ではなく、すでに起こった変化から結果を読む所作だと、私は読みます。抗うか、利用するか。ドラッカーの言葉は、拒絶と進化の話でもありました。
距離は、執着の差だった
さて、六本木で描いた絵はどうなったか。
上場は、途中でやめました。そこまでの執着がなかったからです。
孫氏は、期限と数字で描き、逆算し、そこへ執着しつづけよ、と言っています。私は描くところまではやりました。逆算もしました。しかし執着しなかった。
だから、氏との距離は能力の差ではありません。執着の差です。そして執着しなかったのは、私が選んだことでした。上場という一点よりも、面白い仕事を続けることのほうに、心が動いていたからです。
ただ、これは反省でもあります。執着しなかった結果として、期限と数字を置く習慣そのものを、私は手放していました。手放してよかったのは上場という目標であって、期限と数字を置く所作ではなかったのです。
では今、私は何に執着するのか。
AIはパートナーであり、この世の不思議を一緒に掘っていくためのスコップのようなものだ、と私は思っています。
スコップは道具です。しかし、どこを掘るかは道具が決めません。掘る先を決めるのは、掘りたいものがある人です。
15年後、私は何を掘っていたいのか。その一行を、期限と数字で書く。それが、六本木で絵を描いた私が、いま取り戻すべきものです。
ギャップは、埋めるべき欠損ではなく、燃料です。次の記事「ギャップは、埋めるものではなく、燃料である」で、この距離の測り方を扱います。
そして問いは、シリーズの出発点に戻ります。なぜ、経営者は学びつづけなくてはいけないのか。スコップに渡せるのは、自分が学んで得たものだけだからです。
あなたの会社の15年後は、期限と数字で描けていますか。よければ、その話を聞かせてください。塾長としてではなく、同じ穴を掘る同志として。
よくある質問
孫氏の数値予測は、信じていいのですか?
本記事は当否を扱いません。2026年7月14日時点の氏の予測として、日付つきで記録しています。借りるのは予測ではなく、「期限と数字で描き、逆算する」という所作です。
小さな会社に、超知能の話は関係ありますか?
氏の言う「頭脳の延長」は、会社の大きさと無関係です。自分の判断基準を分身に渡すかどうか、だけです。経営者一人の頭脳が会社を決める小さな会社ほど、延長の効き方は大きいと読みます。
何から手をつければいいですか?
私の順序は、自社の「15年後」を期限と数字で一行書くことです。形容詞を全部消す。そこから来年の一手を引きます。
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出典
- ソフトバンク ビジネスブログ「2040年『ASI Economy』への道筋。孫正義 特別講演レポート」(softbank.jp・2026年7月16日掲載・講演は2026年7月14日「SoftBank World 2026」)。本人発言を逐語で引用
- ソフトバンクニュース「2040年には、世界GDPの20%を生む『ASI Economy』に。企業はどう備えるべきか」(softbank.jp・2026年7月23日掲載)
- P・F・ドラッカー『経営の哲学——いま何をなすべきか』上田惇生編訳、ダイヤモンド社(『創造する経営者』『未来への決断』からの抜粋)
