「もう十分に経験を積んだ。今さら学ぶことなんてあるのか」
長く経営をしていると、ふとそう思う瞬間があるかもしれません。しかし、ピーター・センゲの『学習する組織』を読み、「5つのディシプリン」(同書が示す5つの実践の柱)を体験するセミナーに参加して、痛感したことがあります。経験豊富な経営者ほど、学びを止めたときのリスクが大きい、という事実です。
もうひとつ、忘れられない言葉があります。沖縄の離島で開かれた合宿セミナーで、師と仰ぐ経営コンサルタントが開口一番こう言ったのです。「この10年は、おそらく地獄ですよ」。技術の進歩がフィードバックにフィードバックを重ねて加速し、次の10年はこれまでの10年と同じようには進まない——だからこそ、経営者は学びを止められない、と。
今回は、なぜ経営者は学びつづけなくてはいけないのか。その理由を3つに整理し、最後に「では、何を学ぶのか」まで踏み込んでお伝えします。
そもそも「学習」とは勉強のことではない
最初に誤解を解いておきたいのですが、ここでいう「学習」とは、本を読んだりセミナーに通ったりする「お勉強」のことではありません。
学習する組織とは、一般に「目的を効果的に達成するために、メンバーとチームの能力・意識を伸ばしつづける組織」と定義されます。つまり学習とは、目的を達成する力そのものを高めつづける営みのことです。日々の仕事を振り返り、自分と組織のあり方を見直し、次の行動を変えていく。この繰り返しが「学習」です。
そしてもうひとつ。学習とは、新しい情報を次々に追いかけることでもありません。論語にある通り、故きを温ねて新しきを知る——温故知新。むしろ古いもの、すでにあるものを深く訪ね直すことから、新しい認識が生まれる。このことは記事の後半でもう一度立ち返ります。
理由1:あなたの頭の中の「地図」は、必ず古くなる
私たちは誰でも、頭の中に「世の中はこう動く」という模型を持っています。センゲはこれをメンタル・モデルと呼びました。
「顧客はこういう商品を求めているはずだ」「この価格ならこう反応するはずだ」——経営判断のほとんどは、このメンタル・モデルに基づいて行われています。しかも人間の行動の7〜8割は無意識で行われるといわれます。つまり、経営者は自分でも気づかないうちに、過去の成功体験でつくられた「古い地図」を頼りに、今日の意思決定をしているのです。
古い地図の恐ろしさを示す例は、歴史にいくらでもあります。第一次世界大戦で初めて登場した戦車は、当初まるで役に立たず、「何じゃこりゃ」と嘲笑されました。しかしその20年後、戦車は電撃戦の主役となり、世界を驚かせます。矯正歯科の分野でも、20年前に「使いものにならない」と判定された技術が、15年後には従来手法を超える主流になりました。人間は、一度「役に立たない」と見たものを、役に立たないと決めつけてしまう。これがメンタル・モデルの罠です。
ここで問われるのが学習の「深さ」です。計画を立て、実行し、結果を見て修正する——いわゆるPDCAは、行動レベルの学習(シングル・ループ学習)です。しかしそれだけでは、前提となる地図そのものの間違いには気づけません。地図そのもの、つまり自分のものの見方を疑い、描き直す学習(ダブル・ループ学習)ができるかどうか。ここに、学びつづける経営者とそうでない経営者の決定的な差が生まれます。
図1 シングル・ループ学習とダブル・ループ学習——行動の修正だけでは、古い地図の間違いには気づけない
冒頭の師の姿で印象的だったのは、その方がセミナーの中で平然とこう言い切ったことです。「僕の言うことも次々変わります。悪びれず変えていきます。この間まで悪口を言っていたものを、あんたすごいと言うこともある」。長年批判してきた対象でも、状況が変われば躊躇なく評価を改める。これこそがダブル・ループ学習を生きている人の姿です。経験が豊富であることは強みですが、同時に、それだけ強固な「古い地図」を持っているということでもあります。だからこそ経験豊富な経営者ほど、意識的に自分の前提を点検しつづける必要があるのです。
理由2:学ばない経営者は「対症療法」を繰り返す
セミナーで印象的だったのが、システム思考の氷山モデルでした。
目の前で起きている「出来事」は、氷山の水面上に見えているほんの一角にすぎません。その下には、繰り返し起きる「パターン」があり、パターンを生み出す「構造」があり、さらにその奥に関係者の「メンタル・モデル」が潜んでいます。
図2 氷山モデル——出来事の奥にあるパターン・構造・メンタル・モデルまで潜る
出来事だけを見て手を打つと、どうなるか。渋滞を解消しようと道路をつくれば、便利になった道路が新たな交通量を呼び込み、渋滞は戻ってくる。売上が落ちたから値引きをすれば、一時的に数字は戻っても、利益率と自社の価値がじわじわ削られていく。対症療法は、問題を解決したように見えて、しばしば問題を再生産する構造を強化してしまうのです。
対症療法よりさらに根が深いのが、そもそも課題の設定を間違えているケースです。コロナ禍で、はっきりしたことがあります。多くの飲食店経営は「売上増」を課題に置いてきたために、店舗を拡大し人を増やすという一本道を走り、ビジネスとして成立しなくなっていました。一方で、売上増を課題とせず、自らの均衡点を見定めてそこで利益を最大化するモデルを組んだ企業は、危機を乗り越えました。課題設定は氷山でいえば「構造」と「メンタル・モデル」の層の話です。ここを間違えたまま、水面上でどれだけ打ち手を重ねても、事態は好転しません。
ある部品メーカーの事例が象徴的です。見積もりに50日かかっていた会社が、危機感から流行りの業務改革手法を導入し、外部コンサルタントまで雇ったのに、日数はむしろ60日、70日と悪化していきました。ところが、現場の人間が集まって「なぜこうなっているのか」を氷山モデルに沿って対話し、縦割り意識やチェック体制の背後にある思い込みまで掘り下げていきました。すると最終的に、見積もりはわずか5日でできるようになったといいます。
外から与えられた「正解」ではなく、自分たちで構造とメンタル・モデルに気づくこと。これこそが本質的な問題解決であり、まさに「学習」そのものです。そしてこの学びを組織に起こせるかどうかは、トップである経営者が氷山の下を見ようとするかどうかにかかっています。
理由3:組織の学習能力は、経営者のところで止まる
3つ目の理由は、シンプルですが最も重いものです。組織は、トップが学ぶのをやめたところで学ぶのをやめるからです。
かつてフォードは、新型車の開発でシステム思考と「振り返り」の習慣を導入し、経営陣自らが演習で自分たちの思考のクセと向き合うところから始めました。マネジメント会議のあとに毎回2時間の振り返りを置き、口論すら学びの材料にする。その積み重ねの先に、開発期間の前倒しと大幅なコスト削減という成果が生まれました。
注目すべきは、最初に学んだのが現場ではなく経営陣だったことです。トップが自分のメンタル・モデルをさらけ出し、問い直す姿勢を見せなければ、社員が本音で対話する組織など生まれるはずがありません。
もうひとつ大事なのは、学びの原動力です。ノルマと懲罰で生まれる緊張感(エモーショナル・テンション)は、人を萎縮させ、創造性を奪います。一方、「こうありたい」というビジョンと現実とのギャップから生まれる緊張感(クリエイティブ・テンション)は違います。そのギャップを埋めようとする自然な力となり、人と組織を成長させます。
経営者が学びつづける姿は、組織にとって最良の「ビジョンと現実のギャップ」の示し方です。トップが未来を描き、現実を直視し、そのあいだで自ら学ぶ。その背中が、社員の学習への最大の動機付けになります。
では、何を学ぶのか——「故き」には二つの層がある
学びつづける必要はわかった。では、変化がこれだけ速い時代に、何を学べばいいのか。流行のビジネス書か、最新のテクノロジー情報か。
私の答えは冒頭に触れた温故知新です。ただし、訪ねるべき「故き」には二つの層があります。
第一層は、人類の古典です。論語、禅、易、スピノザ——数百年、数千年の淘汰に耐えて残った知恵は、変化の激しい時代ほど効きます。センゲの『学習する組織』自体、東洋思想への深い敬意の上に書かれていますし、稲盛和夫が拠り所としたのも東洋の古典でした。表面の出来事がどれだけ変わっても、人間と組織の本性は変わらない。古典はその不変の層に届く地図です。
第二層は、自分と自社の歴史です。あの合宿セミナーの本体は、実は「自分史を書く」というワークショップでした。引退した人が思い出をまとめるためではありません。現役の40代・50代の経営者が、自分の人生を一度対象化する——どんな家に生まれ、何を体験し、なぜ今の仕事に至ったのか。その必然を客観視することで、「何をしたいか」よりも先に「自分が何者か」が見えてくる。仏教学者の紀野一義は、自分史は懐古のためではなく跳躍台なのだと言いました。過去を把握することが、未来を問う活動になるのです。
図3 二層の「故き」——古典と自分史の両方を訪ねることで、新しきが生まれる
第一層は誰にでも開かれていますが、第二層は自分にしか訪ねられません。だからこそ、他社との違い——差——は必ず第二層から生まれます。学びの順序は、常に内から外へ。まず己を知り、そのうえで世界を観る。差別化は目的ではなく、その結果としてついてくるものです。
まとめ:学びつづける経営者だけが、変化に「しなやか」でいられる
整理すると、経営者が学びつづけなくてはいけない理由は次の3つです。
- 頭の中の地図(メンタル・モデル)は必ず古くなる——経験豊富なほど、前提を疑うダブル・ループの学習が必要になる
- 学ばなければ対症療法を繰り返す——出来事の奥にあるパターン・構造・思い込みを見る目は、学習でしか養われない。そもそもの課題設定を誤れば、打ち手はすべて空振りになる
- 組織の学習能力の上限は経営者が決める——トップが学ぶのをやめた組織は、そこで進化が止まる
そして学ぶべきものは、目新しい情報の彼方ではなく、二層の「故き」の中にあります。人類の古典と、自分自身の歴史。この二つを訪ね直すことが、加速する変化の時代における、もっとも確かな学びです。
変化の激しい時代に生き残るのは、規模の大きい会社でも資金力のある会社でもなく、しなやかに進化しつづけられる組織です。そして、その進化の起点は、いつだって経営者自身の学びにあります。
「学びつづける」とは、悲壮な努力ではありません。ありたい姿と現実のギャップを面白がり、自分の地図を描き直すことを楽しむ——それが、学習する組織の入り口に立つ経営者の姿なのだと思います。
稲盛和夫は、東洋の古典を拠り所に何をつかんだのか。次の記事では、その核心にある「心を高める、経営を伸ばす」という言葉から訪ねていきます。
よくある質問
Q. 経営者の「学習」とは、本を読んだりセミナーに通うことですか?
いいえ、いわゆる「お勉強」とは別のものです。学習とは、目的を達成する力そのものを高めつづける営みを指します。日々の仕事を振り返り、自分と組織のあり方を見直し、次の行動を変えていく——この繰り返しが学習です。
Q. PDCAを回していれば、学習できているといえますか?
半分だけです。PDCAは行動を修正するシングル・ループ学習にあたります。前提となる自分のものの見方まで疑い、描き直すダブル・ループ学習に届いてはじめて、古い地図の間違いに気づけます。
Q. 変化が速い時代に、古典を学ぶ意味はあるのですか?
変化が速い時代ほど効きます。表面の出来事がどれだけ変わっても、人間と組織の本性は変わらないからです。ただし訪ねるべき「故き」は古典(第一層)だけでなく、自分と自社の歴史(第二層)にもあります。他社との差は第二層から生まれます。
