前の記事の終わりに、問いを一つ残しました——稲盛和夫は、東洋の古典を拠り所に何をつかんだのか。この稲盛シリーズは、その問いへの答えでもあります。
稲盛和夫が遺したものは膨大です。フィロソフィ、経営12ヶ条、会計の7原則、アメーバ経営、六つの精進、盛和塾での数百の講話。学ぼうとすると、その量に圧倒されます。どこから手をつければいいのか——稲盛シリーズを始めるにあたって、まずこの問いに答えておきたいと思います。
長く学んできて思うのは、これらすべてが、たった一つの言葉に帰結するということです。
「心を高める、経営を伸ばす」。
稲盛氏の著書のタイトルにもなっているこの言葉は、キャッチコピーではありません。稲盛経営学の全体を貫く因果法則の宣言です。心を高める「と」経営が伸びる——この因果を本気で信じられるかどうかが、稲盛哲学の入口であり、出口でもあります。だからこそ、稲盛を学ぶなら、ここから紐解く必要があるのです。この一本を羅針盤として、続く4つの記事で稲盛哲学の各論に分け入っていきます。
なぜ「心」が先で、「経営」が後なのか
順番に注目してください。「経営を伸ばし、心を高める」ではありません。心が先です。
理由はシンプルです。経営とは判断の連続であり、すべての判断は経営者の心から出てくるからです。値決めも、投資も、人事も、危機対応も、最後に決めるのは技術でも情報でもなく、経営者の「考え方」です。
稲盛氏の有名な方程式がこれを定式化しています。人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力。熱意と能力は0から100までのプラスの値しか取りませんが、考え方だけは−100から+100まである。つまり、どれほど有能で熱心でも、考え方がマイナスなら、掛け算の結果はマイナスに振れる。能力の高い経営者が会社を潰すのは、この方程式で説明がつきます。
図1 考え方×熱意×能力——考え方だけが符号を持ち、結果の正負を決める
心(考え方)は、経営という掛け算の「符号」を決めている。だから心を高めることが、経営を伸ばすことの前提になるのです。
この「内が先、外が後」という順序は、稲盛哲学に限りません。ある自分史のワークショップで教わった言葉に、「何をしたいかよりも、自分が何者かが重要だ」というものがあります。したいこと(外に向かう行動)を考える前に、自分が何者か(内なるあり方)を確認する。順序はいつも内から外です。心が先で経営が後、というのは、この普遍的な順序の経営版だと言えます。
すべての稲盛メソッドは「心」に還る
この一語を羅針盤に据えると、膨大に見える稲盛の教えが一本につながります。このシリーズでこれから扱う4つのテーマを、先回りして見取り図にしておきましょう。
フィロソフィは、心を高めるための実践知そのものです。稲盛氏は人生を航海にたとえ、他力の風を受ける「帆」とは自分の心のことだと語りました。フィロソフィを学び実践することは、帆を繕い、心を磨く営みです。
実学(会計)は、一見「心」から最も遠い数字の世界です。しかし、公明正大な経理、ガラス張り経営、実態を偽らない自主耐用年数——これらはすべて「高い心」の会計的な表現です。ダブルチェックの原則の目的が「人に罪をつくらせない」ことであるように、京セラ会計学の根底には人間への思いやりが流れています。数字は、経営者の心を映す鏡なのです。
3つの力は、構造そのものが「心を高める、経営を伸ばす」です。自力(経営12ヶ条)を貫くのは強い意志という心の力。従業員の力を結集させるのは心と心の信頼関係。そして宇宙の力を得る方法は、善きことを思い、人格を高めること。3つの力とは、心の力の3つの現れ方にほかなりません。
盛和塾は、この因果を信じた経営者たちが、共に心を高め続けた36年間の道場でした。
図2 4つのテーマの見取り図——どの入口から入っても、最後は「心」に還る
バラバラに見える教えの中心には、いつも同じ一語がある。この見取り図を頭に置いて各論を読むと、稲盛哲学の理解はまるで変わってきます。
サンディエゴで試された「心の経営」
この言葉の力を象徴するエピソードが、稲盛氏の最後の講話に出てきます。
かつて米国の京セラ関連会社の幹部たちを集めたセミナーで、事前に配られたのが英訳版の『心を高める、経営を伸ばす』でした。感想文は反発一色。お金のために働く我々に「お金を目的に働くな」とは何事か、アメリカンスタイルとまったく違う——と、開始前から総スカンだったといいます。
しかし稲盛氏が丸一日、魂を込めて「従業員を幸せにしたい、そのための考え方だ」と語り抜いた結果、MITやハーバード出身のエリートたちが2日目には大賛同に変わった。文化も宗教も歴史も違う相手にさえ、心の経営は通じた。つまりこの因果法則は、日本的な精神論ではなく、国境を越える普遍原理だということです。
稲盛哲学そのものが「温故知新」だった
もうひとつ、このシリーズを貫く視点を示しておきます。稲盛哲学は、稲盛氏の独創ではありません。氏自身が、二つの「故き」を徹底的に訪ねた人でした。
一つは人類の古典です。安岡正篤、中村天風に学び、仏典に親しみ、晩年には得度して仏門に入った。「心を高める」の中身——謙虚、感謝、利他、反省——は、東洋数千年の知恵の再発見です。
もう一つは自分自身の歴史です。就職に失敗し、傾きかけた松風工業で研究に没頭するしかなかった若き日々。その苦闘の中で研究ノートの端に書き付けた自戒の言葉が、後のフィロソフィの原型になりました。稲盛哲学とは、古典という第一層と、自分の来歴という第二層、二層の「故き」から紡ぎ出された「新しき」だったのです。
だから私たちが稲盛に学ぶときも、教えを暗記するのではなく、同じ営みを自分で行うことが本当の学びになります。古典を訪ね、自分の歴史を訪ね、自分の哲学を紡ぐ。稲盛氏が従業員と共にフィロソフィを目指したように、私たちも「教わる側」ではなく「共に学ぶ同志」として、この道を歩いていければと思います。
このシリーズの歩き方——各論への案内
「心を高める、経営を伸ばす」という因果を受け入れたなら、次はその中身です。続く4本で、それぞれの入口から稲盛哲学に分け入ります。
- 稲盛01「なぜフィロソフィを説きつづけたのか」——心を高める実践知としてのフィロソフィ。他力の帆の話はここで詳しく扱います
- 稲盛02「会計がわからんで経営ができるか」——数字という鏡に心がどう映るのか。京セラ会計学の7原則
- 稲盛03「盛和塾が遺したもの」——共に心を高めるという学びの形。36年の道場が私たちに残したこと
- 稲盛04「経営者に求められる3つの力」——自力・従業員の力・宇宙の力。心の力の3つの現れ方
そしてシリーズを読み終えたとき、当然の問いが残るはずです。「心を高める」とは、具体的にどうすることなのか。その方法論の源流——禅、易、東洋哲学——には、続く哲学カテゴリで分け入っていきます。稲盛哲学の源流を遡る旅、と言ってもいいかもしれません。
心が変われば、判断が変わる。判断が変われば、経営が変わる。すべては、ここから始まります。
よくある質問
Q. 稲盛経営学は、何から学び始めればいいですか?
著書のタイトルにもなった「心を高める、経営を伸ばす」という一語からです。稲盛経営学の全体を貫く因果法則の宣言であり、フィロソフィも会計もアメーバ経営も、すべての教えがこの一語に還ります。
Q. 「考え方×熱意×能力」で、なぜ考え方がいちばん重要なのですか?
考え方だけが−100から+100までの符号を持つからです。熱意と能力は0から100のプラスしか取らないため、考え方がマイナスなら結果全体がマイナスに振れます。有能なほど、マイナスも大きくなります。
Q. 「心の経営」は日本的な精神論ではないのですか?
稲盛氏の最後の講話には、米国の幹部セミナーで反発一色から大賛同に変わったエピソードが出てきます。文化も宗教も違う相手にさえ通じたことから、国境を越える普遍原理だと私は受け取っています。
