「上場してから3年間は、内部統制の監査を免除できる。システムは、上場してから整えればいい」
IPOの準備の初期に、よく聞く考え方です。
ところが、免除を選べるのは内部統制報告書に対する監査だけ。
報告書そのものは要り、統制が回る状態は上場の前からつくっておく必要があります。
内部統制とは、企業が健全に運営されるために、業務に組み込まれた一連の仕組みのことです。
その整備には、基幹システムの設計が深く関わります。
ERPは、職務分掌・承認・証跡を人の注意ではなく仕組みで支える手段です。
ただし、上場の時期や規模によっては、ERPを急がない選択もあります。
では、上場の時期から逆算して、何をどの順番で整えればよいのか。
この記事で分かること
- 内部統制の4つの目的と、IPOで問われる理由(J-SOX)
- IPOを見据えて整える主な論点(職務分掌・承認・3点セットなど)
- NetSuiteで内部統制を整えるときの考え方と、費用の見方
- 上場の時期から逆算する準備の順番
- よくある3つの失敗と、その避け方
内部統制とは|4つの目的
金融庁の基準では、内部統制の目的として次の4つが示されています。
- 業務の有効性および効率性
- 報告の信頼性(財務報告の信頼性を含む)
- 事業活動に関わる法令等の遵守
- 資産の保全
2023年4月の改訂で、2は「財務報告の信頼性」から「報告の信頼性」に改められました。
(出典:金融庁公式「内部統制の基準・実施基準の改訂について(意見書)」、2026年9月確認)
内部統制に取り組むと、不正の防止やリスクの管理がしやすくなります。
一方で、対応の負荷や費用は小さくありません。
やり方を誤れば、業務のスピードも落ちます。
ERP(Enterprise Resource Planning)は、会計・販売・在庫・人事などの基幹業務を1つのシステムでまとめて管理する仕組みです。
なぜIPOで内部統制が問われるのか
上場企業に内部統制が求められる背景には、J-SOXがあります。
J-SOXは、金融商品取引法にもとづく内部統制報告制度の通称です。
米国のSOX法の日本版にあたります。
金融庁の資料によると、金融商品取引法は2006年6月7日に成立しました。
内部統制報告制度は、2008年4月1日以後に始まる事業年度から適用されています。
上場会社などに、財務報告に係る内部統制の「評価」と「監査」を義務づける制度です(出典:金融庁 事務局資料、2026年9月確認)。
新規上場の会社には、負担を和らげる仕組みもあります。
上場後3年間は、内部統制報告書の監査の免除を選べます。
ただし、資本金100億円以上または負債総額1,000億円以上の会社は対象外です(出典:金融庁 事務局参考資料、2026年9月確認)。
冒頭の考え方が崩れるのは、ここです。
免除の対象は監査であって、内部統制報告書は要ります。
上場の前から、統制が回る状態をつくっておかなければなりません。
免除されるものと、されないものを図にすると、次のとおりです。
スピードを優先しすぎると、必要な統制の水準を満たせない。
逆に統制を厳しくしすぎると、業務が遅くなる。
その釣り合いをどこで取るかが、準備の中身になります。
IPOを見据えて整える主な論点
| 論点 | 中身 | よくある課題 |
|---|---|---|
| 職務分掌 | 1人で不正を完結できないよう、業務を分ける | 経理の担当が、支払先の登録から支払まで1人でできる |
| 承認 | 金額やリスクに応じて、承認する人を決める | 承認が口頭やメールで、記録が残らない |
| 業務の文書化 | 業務の流れと内容を文書に残す | 担当者が辞めると業務が止まる |
| IT統制 | システムの間のデータの受け渡しを管理する | 表計算での手作業の移行を、誰も検証していない |
職務分掌
職務分掌は、1人の担当者が不正を完結できないよう、業務を分けることです。
- 購買部が、仕入先を登録する
- 経理の担当者は、仕訳の計上だけを行う
- 財務の担当者が、支払を行う
1人で支払先の登録から支払までできると、架空の仕入先への支払を防げません。
職種に合わせて、機能の利用の権限を管理する必要があります。
承認
リスクの小さい案件は権限を委ね、大きい案件は上位の承認を求めます。
- 10万円未満の経費は、担当部署の部長が承認
- 10万円以上は、社長の承認がないと精算できない
業務の文書化とIT統制
属人的になりやすい業務、特に経理の業務は、内容を文書にしておきます。
1人の担当者が経理・財務・与信管理を担っていると、退職で業務が止まります。
システムを連携させるときは、リスクになる点を洗い出します。
特に注意したいのが、表計算を使った手作業のデータの移行です。
たとえば、固定資産だけ別のシステムで管理し、表計算で会計に移している場合。
移行の方法と、その正確さを誰がどう検証しているかを説明できる必要があります。
3点セット
IPOでは、次の3点セットの整備が求められます。
- 業務記述書:業務の内容を書いた文書
- 業務フロー図:処理の流れを図にしたもの
- RCM(リスクコントロールマトリックス):リスクと統制の対応表
監査法人への提出を求められる資料です。
作ることが目的になり、運用と合わなくなる例が少なくありません。
ERPで内部統制を整える考え方
仕組みで支えられること
ERPでは、職種ごとにデータの閲覧・編集の権限を変えられます。
承認の流れも、業務に合わせて組み立てられます。
内部統制の要件の多くを、人の注意ではなく仕組みで支えられるわけです。
NetSuiteの場合、記録の変更はシステムノートに残ります。
Oracleのヘルプでは、変更の日時・変更した人・変更の経路・種類・項目・変更前後の値が記録されると説明されています。
システムノートは、利用者・スクリプト・アプリのいずれも編集できません(出典:Oracle NetSuiteヘルプ、2026年9月確認)。
権限の設計はNetSuiteの権限・ロール設計で、承認の流れはNetSuiteの承認ワークフロー実装ガイドで扱っています。
要件と仕組みの対応を図にすると、次のとおりです。
統制の進め方を比べる
| 進め方 | 中身 | 向く会社 | 注意点 |
|---|---|---|---|
| A. 表計算と会計ソフト+手作業の承認 | 今の仕組みのまま、文書と手続きで統制する | 上場がまだ先で、取引が少ない | 証跡が散らばり、監査の説明に手間がかかる |
| B. 会計ソフト+ワークフローの製品 | 承認だけをワークフローの製品で記録する | 会計以外の業務が単純 | 販売・購買との連携は手作業が残る |
| C. ERPで一元管理 | 権限・承認・取引の記録を1つにまとめる | 販売・購買・在庫が絡み、取引が多い | 導入の期間と、業務の標準化の負担 |
Cのように記録が1か所にそろうと、AIによる異常な取引の点検も現実的になります。
NetSuiteのAI Connector Serviceでは、利用者もAIも、ロールで許された範囲だけを見ます。
(出典:Oracle NetSuite公式、2026年9月確認)
統制のための権限が、そのままAIの利用範囲の管理にもなります。
オンプレミス型とクラウド型は「合う条件」で選ぶ
| 観点 | オンプレミス型ERPが合う条件 | クラウドERP(NetSuiteなど)が合う条件 |
|---|---|---|
| 要件 | 高度に特殊な要件があり、作り込みが要る | 標準の業務に合わせられる |
| 既存の資産 | 既存のシステムやサーバーの資産が大きい | 新しく基盤をつくる、または刷新する |
| 期間 | 準備に時間をかけられる | IPOまでの期間が限られている |
| 保守 | 社内に改修と保守の体制がある | 更新の追従を提供元に任せたい |
IPOの準備では、期間・統制の保守性・監査の対応が重視されます。
この条件では、標準の機能を活かすクラウドERPが合うことが多くなります。
費用と期間の見方
NetSuiteは、世界220地域・44,000社以上で使われているクラウドERPです(出典:Oracle NetSuite公式サイト、2026年9月時点)。
ライセンスは、ミニマム構成で月額20万円〜が出発点です。
モジュール・ユーザー数・オプションで変わり、数百万円規模になることもあります。
導入の費用と期間は、中身でさらに開きます。
NetSuite認定パートナー(Solution Provider)であるベンチャーネットの支援から、4つの事例を挙げます。
ベンチャーネットが支援したNetSuite導入の費用では、3名程度で購買・販売だけの事例が150万円程度・1.5か月でした。
100名程度で購買・販売・在庫・会計に外部システム連携を含めた事例は、2億円程度(うち開発約7割)・1.5年です。
その間に、30名程度・購買・販売・プロジェクト管理で2,000万円程度・1年の事例があります。
20名程度・購買・販売・在庫・会計で情シスなしの事例は、3,000万円程度・2年でした。
差を生む要因は、機能範囲・開発(特に外部システム連携)・社内の体制・ユーザー数の4つです。
上場の準備では、この期間に稼働後の定着と運用の実績づくりが続きます。
4事例の詳細は、NetSuiteの料金で扱っています。
判断の物差し|向いている会社・向いていない会社
NetSuiteでの整備が向いている会社
- 上場の時期が見えていて、そこから逆算して準備したい
- 販売・購買・在庫が絡み、部署ごとにシステムが分かれている
- 固定資産や補助簿を、表計算で別に管理している
- 海外の子会社があり、グループで統制をそろえたい
慎重に考えたい会社と、別の選択肢
上場の時期が未定で、取引もまだ少ない会社は、急ぐ必要はありません。
まず業務の文書化と承認のルールづくりから始めます。
国内だけで業務が単純なら、国産ERPや、会計ソフトとワークフローの組み合わせでも足ります。
Odooは費用を抑えたい場合の選択肢です。
権限や証跡の要件を満たせるかは、監査法人の目線で見てください。
AIスクラッチ開発で作ることもできますが、IT統制の説明と保守を自社で担うことになります。
これから準備する会社と、いまのシステムを見直す会社
これからIPOの準備を始める会社
最初に、上場の時期から逆算して、統制を運用する期間を確保します。
3点セットの整備と、運用の実績づくりには時間がかかるためです。
基幹システムが決まる前に統制を設計すると、後でやり直しになりがちです。
ERPの選定と統制の設計は、同じ時期に進めます。
いまのシステムを見直す会社
すでにERPや会計ソフトを使っている場合は、次の3点を見ます。
- 今の権限の設定で、職務分掌を説明できるか
- 承認の記録が、システムの中に残っているか
- 保守の期限や更新の時期が、上場の準備の期間と重ならないか
すでにNetSuiteを使っている会社は、ロールと承認の設定の棚卸しから始めます。
稼働時の設定のまま、組織の変化に追いついていないことがあるためです。
チェックの観点は、IPO準備中の企業がNetSuiteで対応できる内部統制・監査対応チェックリストで扱っています。
よくある3つの失敗
失敗1:監査を通すことが目的になり、統制が形だけになる
起きること:3点セットを作ることが目的になり、現場で統制が運用されない。監査のたびに、急いで資料をそろえる。
原因:内部統制で何を実現したいかが、経営の言葉で共有されていない。
避け方:「内部統制で何を実現したいか」を先に言葉にしてから設計します。
目的が決まれば、必要な統制の範囲も決まります。
失敗2:属人化した運用を、そのままERPに載せ、作り込みを重ねる
起きること:表計算の補助簿や、1人に集中した経理業務がそのまま残る。「うちは特殊」と例外の承認ルートや追加の開発が増える。
原因:今のやり方を前提に要件を決めた。本当に必要な業務と、惰性で続けている業務を分けなかった。
避け方:業務の棚卸しをしてから、職務分掌と承認を業務に組み込みます。
標準の機能に業務を合わせる考え方(Fit to Standard)を前提にします。
作り込むほど、制度や組織が変わるたびに改修が要ります。
失敗3:本番稼働をゴールにし、現場の納得を置き去りにする
起きること:稼働した時点で安心し、運用のルールや監視の担当が決まらない。手間が増えた現場が反発し、表計算に戻る。
原因:「なぜ今IPOを目指すのか」「なぜ一時的に負荷が増えるのか」が語られていない。
避け方:経営者が、IPOの目的と負荷が増える理由、現場の利点を自分の言葉で説明します。
稼働後3〜6か月の定着の期間を、最初の計画に入れておきます。
失敗の要因の全体は、ERP導入はなぜ失敗するのかで扱っています。
ベンチャーネットならこう見る|守り→攻め→次へ
ベンチャーネットは、NetSuite・Odoo・AIスクラッチ開発を扱い、SAPからのリプレイスにも対応しています。
IPOの相談で、最初に伺うのは3つです。
- 上場の時期はいつか
- どの業務が統制の弱点か(職務分掌・承認・手作業の移行の順に見る)
- 今のシステムで、統制を説明できるか
説明できるなら、ERPを急ぐ必要はありません。
型1:守り→攻め→次へ
ERPを入れる場合、内部統制は3段の最後に来ます。
- 守り:販売・購買・在庫・会計が1つのデータで回る
- 攻め:そのデータで、利益や在庫の打ち手を選ぶ
- 次へ:KPI・管理会計、そして上場に向けた内部統制で、経営が変わる
業務が回らないうちに統制だけを載せても、形だけになります。
まず標準の導入の型で業務を回し、そのうえで業務と職種に合わせた統制の設定を足す。
この順番が、失敗1と失敗2を同時に避ける道です。
型2:標準の型+会計士監修の統制パッケージ
SuiteSuccessは、NetSuiteの標準の導入の型です。
20年以上の導入の経験をまとめたもので、業務ロール・ダッシュボード・KPIが事前に定義されています。
(出典:Oracle NetSuite公式、2026年9月確認)
ベンチャーネットは、このSuiteSuccessに、会計士が監修した内部統制のパッケージを組み合わせます。
パッケージは、馬場亮平公認会計士税理士事務所とベンチャーネットが提供しています。
提案から稼働まで、PM兼コンサルタントが一貫して担当します。
週次の定例と課題管理表で、決まったことを文書に残します。
その経緯も、後からたどれます。
内部統制の整備は、費用ではなく、上場後に規模を広げるための投資です。
会計の運用でつまずく点は、ERP会計の「つまずきポイント」完全ガイドで扱っています。
今日できること|「1人で完結できる業務」を探す
経理・財務・購買の担当者を並べ、次の表を埋めてみてください。
| 業務 | 担当者 | 1人で最後までできるか | 承認の記録はどこに残るか |
|---|---|---|---|
| (例)仕入先の登録 | 経理のAさん | できる | 残らない |
| (例)支払の実行 | 経理のAさん | できる | 銀行の画面だけ |
1時間で、職務分掌の弱点が見えてきます。
「できる」が並ぶ業務が、最初に手を付ける場所です。
同じ人の名前が多く並ぶなら、属人化の対策も急ぐ必要があります。
よくある質問
Q1. IPO準備のどの段階で、内部統制に着手すべきですか
早く着手するほど手戻りが少なくなります。
3点セットの整備と運用の実績づくりには時間がかかります。
上場の時期から逆算し、ERPの選定と統制の設計を同じ時期に進めます(第6章)。
Q2. 内部統制にERPは必須ですか
必須ではありません。
ただし、ERPがあると職務分掌・承認・IT統制を仕組みで支えられます。
表計算での手作業の移行は、検証と承認の証跡が残りにくく、IT統制のリスクになります。
Q3. 「3点セット」とは何ですか
業務記述書と業務フロー図とRCMです。
業務記述書は業務の内容、業務フロー図は処理の流れ、RCMはリスクと統制の対応表です。
IPOのときに、監査法人への提出を求められる整備の資料です。
Q4. 新規上場の会社は、内部統制の監査を受けなくてよいのですか
上場後3年間は監査の免除を選べます。
ただし、資本金100億円以上または負債総額1,000億円以上の会社は対象外です。
内部統制報告書そのものが要らなくなるわけではありません(第2章)。
Q5. NetSuiteでは、誰が何を変えたかを追えますか
システムノートに変更の記録が残ります。
変更の日時・変更した人・項目・変更前後の値が記録され、誰も編集できません(第4章)。
Q6. NetSuiteの導入から内部統制の整備まで、どう進めますか
標準の導入の型で業務を回してから統制を足します。
SuiteSuccessと、会計士が監修した内部統制のパッケージを組み合わせます。
費用と期間は、機能範囲・開発・社内の体制・ユーザー数で変わります(第4章4-4)。
まとめ
- 内部統制は、業務に組み込まれた仕組み。目的は4つ
- J-SOXは2008年4月1日以後に始まる事業年度から適用。新規上場後3年間は監査の免除を選べるが、報告書は要る
- ERPは、職務分掌・承認・証跡を仕組みで支える
- 上場の時期から逆算し、ERPの選定と統制の設計を同じ時期に進める
- 守り→攻め→次への順に、業務を回してから統制を足す
「上場してから整えればいい」は、監査の免除と報告書の要否を取り違えた考え方でした。
まずは第9章の表で、1人で完結できる業務がいくつあるかを数えてみてください。
もう少し詳しく知りたい方へ
内部統制の整備の進め方は、上場の時期と今のシステムで変わります。
統制の弱点の洗い出しから、内部統制のパッケージのご相談までお受けしています。
