自社の「今」を1枚に描けたら、次に湧いてくるのは「このままでいいのか」という問いです。本記事では、今の事業から将来の事業へ、そしてそこへ至る道筋までを、1枚の紙の上でつなぐ考え方を紹介します。
今のかたちは描けた。でも、このままでいいのか
ビジネスモデルキャンバス(事業の全体像を9つのマスで1枚に描く図)で、自社の「今」を描いてみる。誰に、何を、どうやって届けて、どこで稼いでいるのか。埋めてみると、ふだん意識していなかった自社の輪郭が見えてきます。
ところが、描き終えた経営者の多くが、同じところで手を止めます。「今はわかった。でも、このままで5年後も大丈夫なのだろうか」。
この問いは、見て見ぬふりをするには重すぎます。だからといって、毎日の業務に追われる中で、将来像をゼロから構想する時間も気力も、なかなか取れません。今の地図は描けても、その先の地図がない。多くの中小企業が、ここで足踏みをしています。
現状を描く手順そのものは、別の記事(「まず『今』を描く——現状のビジネスモデルキャンバス」)で扱いました。ここから先は、その「今」を出発点に、将来へどう橋を架けるかの話です。
「強み伝い」の延長だけでは、なぜ伸び悩むのか
将来を考えるとき、私たちはつい「今ある強みを、どう伸ばすか」から発想します。持っている技術、顧客、人材を土台に、一歩ずつ事業を広げていく。自然な考え方で、ほとんどの会社がこの道を選びます。
ただ、この「強み伝い」の延長には、見落としがちな弱点があります。自社の現状を前提にしている限り、発想が今の延長線上に縛られてしまうのです。
問題は、外部環境のほうが、会社よりも先に変わってしまうことです。顧客の価値観、競合の動き、技術の進歩。それらが変わったとき、「今の強み」は、いつのまにか通用しなくなっていることがあります。強みを丁寧に伸ばしてきたつもりが、気づけば縮みゆく市場の中にいた。そういう例は、決して珍しくありません。
ベンチャーネットがお伝えしたいのは、「強みを捨てよ」ということではありません。強みを起点にするだけでなく、一度それを脇に置いて、将来から逆算して考える視点を、もう一つ持ってほしいということです。
今と将来を「1枚」でつなぐ——経営デザインシートという考え方
その「将来から逆算する視点」を、無理なく持てるように設計された道具があります。内閣府の知的財産戦略推進事務局が2018年5月に公表した「経営デザインシート」です(出典:内閣府 知的財産戦略推進事務局「経営をデザインする」)。
経営デザインシートは、企業や事業の将来構想を1枚で描くための、思考を助けるツールです。特徴は、「これまで」と「これから」を、同じ1枚の上に並べて考えられることにあります。左に現在の姿、右に将来の在りたい姿、そしてその間に「今から何をすべきか」を置く。時間軸が一目で見渡せる構造になっています。
経営デザインシートは、存在意義を起点に「これまで(現状)」と「これから(将来)」を1枚に並べ、その間を「今から何をするか=移行戦略」でつなぐ。出典:内閣府 知的財産戦略推進事務局「経営をデザインする」のフレームをもとに、ベンチャーネットが図を再構成。
ベンチャーネットは、この経営デザインシートを、すでに描いた現状のビジネスモデルキャンバスと組み合わせて使うことをおすすめしています。現状はキャンバスで詳しく描き、その全体を経営デザインシートの「これまで」の欄に要約として置く。すると、「今」と「将来」と「移行の道筋」が、文字どおり1枚でつながります。
ここで描く将来像のことを、ベンチャーネットは社内で「描き直し」と呼んでいます。今の事業を否定するのではなく、いったん白紙の上に、なりたい未来から事業を構想し直す。その作業の足場として、経営デザインシートはちょうどよい大きさの「1枚」なのです。
出発点は「強み」ではなく「存在意義」
経営デザインシートには、描き始める前に立ち止まって問う、大切な順番があります。最初に置くのは、強みでも、商品でもありません。「自社には、そもそもどんな存在意義があるのか」という問いです。
何のためにこの会社はあるのか。誰の、どんな困りごとを引き受けてきたのか。この問いに、改めて言葉を与え直すこと。ベンチャーネットは、これを将来構想の出発点に置くべきだと考えています。
なぜ、強みより先に存在意義なのか。強みから始めると、発想がどうしても「今できること」に引っ張られます。けれど、存在意義から始めると、「今はまだできていないが、本来やるべきこと」へ視野が開きます。同じ会社でも、語り直す順番を変えるだけで、見える未来が変わるのです。
同じ会社でも、強みから始めると発想は「今できること」に縛られ、存在意義から始めると「本来やるべきこと」へ視野が開く。語り直す順番を変えるだけで、見える未来が変わる。
そして、いったん存在意義に立ち返れば、将来の事業の形は一つに決まりません。一つの正解を探すのではなく、いくつもの将来像を描いて見比べる。そのうえで、いまの自社にとって最も意味のある一枚を選ぶ。この「選び直す」プロセスこそ、描き直しの中心にあります。
将来像から逆算する「移行戦略」——今から何をするか
将来の在りたい姿が描けたら、最後の仕事は、そこから逆算することです。「将来こうなりたい。では、そのために今から何を始めるか」。経営デザインシートが1枚にこだわるのは、この逆算を、将来像とひと続きで考えられるようにするためです。
移行戦略とは、遠い将来の夢物語ではなく、明日からの一歩に翻訳された計画のことです。新しい価値を届けるために足りない資源は何か。それをどう調達するか。今の事業を回しながら、どの順番で手を打つか。1枚の上で将来と現在が並んでいるからこそ、この「橋渡し」が具体的に描けます。
もちろん、描いた将来像のすべてがそのまま実現するわけではありません。やってみて違えば、描き直せばいい。むしろ、新しい事業の種を試すこと(探索)と、今の事業を磨くこと(深化)を、同時に続けていく——その姿勢こそが、変化に強い経営をつくります。探索と深化をどう両立させるかは、続く記事(「描き直しから『成長の設計』へ——探索と深化」)で詳しく扱います。
また、描き直した将来の事業を実際に回していくには、業務と数字を支える土台も要ります。事業構造が変われば、それを支える仕組みも変わる。この点は「成長する事業に、なぜERPが要るのか」で取り上げます。
一枚の紙から、変革の物語へ
今を描き、将来を描き直し、移行戦略でつなぐ。経営デザインシートという1枚の紙は、それ自体が答えをくれるわけではありません。問いを正しい順番で立て、考えを1枚に収める「型」を与えてくれるだけです。埋めるのは、ほかでもない経営者自身の言葉です。
正直に言えば、将来を構想する作業に、決まった正解はありません。最初の一枚は、たいてい粗くて、何度も描き直すことになります。それでも、白紙に向かって「自社はどこへ向かうのか」を言葉にした経営者は、その瞬間から、ただ環境に流される側ではなくなります。
ただ、白紙に向かうとき、ひとつ厄介なことがあります。自社の存在意義も、無意識の思い込みも、当事者であるほど自分では見えにくいのです。今の枠の中だけで描こうとすると、せっかくの描き直しが、結局いつもの延長線に戻ってしまう。だからこそ、もう一人、別の角度から問い返す相手がいると、描き直しは前に動きます。
ベンチャーネット自身も、自社の経営デザインシートを描き、何度も描き直しながら経営をしてきました。だからこそ、この一枚の前で手が止まる感覚も、描き上げたときの手応えも、実感として分かります。自社だけでは描き切れないと感じたとき、最初の一枚を一緒に描く相手として、その役を引き受けます。
将来を描く一枚は、立派でなくてかまいません。粗くてもいい、何度直してもいい。大切なのは、白紙に向かって自社の未来を言葉にし始めることです。

