まず「今」を描く——現状のビジネスモデルキャンバス(As-Is BMC)

事業を見直したい。描き直したい。けれど、何から手をつければいいか分からない。

そんなとき、多くの経営者がいきなり「理想の姿」を描こうとして、手が止まってしまいます。

ベンチャーネットがお伝えしたいのは、その逆の順番です。最初に描くのは未来ではなく「今」。自社のビジネスを、現実のまま一枚の紙に映すことから始めます。

この記事では、その道具である「ビジネスモデルキャンバス(BMC)」の9つの要素と、現状(As-Is)から描く手順、つまずきやすいポイント、描いた後の使い方までを順に解説します。

目次

描き直す前に、まず「今」を正直に描く

ビジネスモデルキャンバスは、新規事業の構想にも、現状の点検にも使える汎用的な道具です。

ただ、使い始めるときに多いのが、「あるべき姿」から描こうとして止まってしまうケースです。

理想は、検証できません。これに対して現状は、すでにそこにある事実です。今ある顧客、今提供している価値、今かかっているコスト。それを正直にそのまま映すほうが、はるかに描きやすく、次の一手にもつながります。

ベンチャーネットが大切にしているのは、「現実をそのまま見る」という姿勢です。

第2章では「経営の見える化」として、業務の現実を描く話をしました。今回はその事業版です。業務の現実と、事業の現実。この両方を一枚に映すことが、描き直しの出発点になります。

ビジネスモデルキャンバスとは

ビジネスモデルキャンバスは、事業の仕組みを9つの要素(ブロック)で整理し、一枚の図に可視化する道具です。

個人事業から大企業まで、規模を問わず使えます。

BMCは、アレックス・オスターワルダー氏とイヴ・ピニュール氏が体系化したフレームワークです。2010年の著書『ビジネスモデル・ジェネレーション』を通じて、世界に広まりました。今では、ビジネスモデルを論理的に書き表すための定番ツールとして広く使われています。

そもそも「ビジネスモデルとは何か」をおさえたい方は、別記事「ビジネスモデルの定義と重要性」をあわせてご覧ください。

ここで一つ、大切な前提があります。ビジネスモデルを可視化することは、ビジネスを単純化することではありません。

複雑なものは、複雑なまま構造に落とし込む。それがBMCの役割です。一枚にまとめることで、複雑さに振り回されず、関係者と同じ絵を見ながら話せるようになります。

ビジネスモデルキャンバスの9つの要素

BMCは、次の9つの要素でできています。まずは一望してみましょう。

図1 ビジネスモデルキャンバスの9つの要素 ← 左側:自社中心(裏側) 顧客中心(表側):右側 → KP パートナー 欠かせない取引先 KA 主要活動 価値を届ける活動 KR リソース 必要な資産 VP 価値提案 提供する価値の中身 (中心=表裏を  つなぐ要) CR 顧客との関係 築く関係 CH チャネル 届く経路 CS 顧客セグメント 価値を届ける相手 コスト構造 運営にかかる費用(固定費・変動費) RS 収益の流れ どこからどう収益が生まれるか CS=顧客セグメント/VP=価値提案/CH=チャネル/CR=顧客との関係/RS=収益の流れ KR=リソース/KA=主要活動/KP=パートナー

図1 ビジネスモデルキャンバスの9つの要素

  • CS(顧客セグメント):価値を届ける相手。「誰か」だけでなく「その人が抱えている仕事(ジョブ)」まで書くと解像度が上がる
  • VP(価値提案):顧客に提供する価値。「製品名」ではなく「その製品が提供している価値の中身」を書く
  • CH(チャネル):顧客に届くための経路。顧客接点、広告、流通・販売、アフターフォローなど
  • CR(顧客との関係):顧客とどんな関係を築くか。会員制、ポイント優遇、伴走型のサポートなど
  • RS(収益の流れ):どこからどう収益が生まれるか。売り切り、月額課金、保守費用など
  • KR(リソース):価値提供に必要な資産。設備などの有形資産に加え、データやシステムなどの無形資産も
  • KA(主要活動):価値を届けるために必要な活動。仕入れ、製造、採用・育成、マーケティングなど
  • KP(パートナー):欠かせない取引先。「代わりがきかない相手」を重点的に書く
  • コスト構造:運営にかかる費用。固定費と変動費に分けると、削減のポイントが見える

略語が多くて身構えるかもしれません。ですが、一つずつは難しくありません。

要は「誰に・何を・どうやって届け・いくらで・いくらかけているか」を9つに分けて書くだけです。

描く順番 ── 現状を「右側のCS」から、VPを中心に

ここからが本題です。9つをどの順番で埋めるか。

BMCは、真ん中の「VP(価値提案)」を境に、左右に分けて考えられます。

  • 右側=顧客を中心とした側(ビジネスの表側):CS・VP・CH・CR・RS
  • 左側=自社を中心とした側(ビジネスの裏側):KA・KR・KP・コスト構造

ベンチャーネットがおすすめするのは、右側の「CS(顧客セグメント)」から描き始めることです。

顧客を「顧客が抱えている仕事」ベースで具体的にすると、ほかの要素も具体性を増し、事業の輪郭がはっきりするからです。

図2 描く順番:右は「CS」から、左は「VP」から 右側(顧客中心) ① CS 顧客セグメント → ② VP 価値提案 → CH・CR・RS と続ける 左側(自社中心) ① VP 価値提案(起点) → KA・KR・KP・コスト構造 をどう実現するか まずここから描く ↓ 右で決めたVPを左の起点に

図2 描く順番:右側はCSから、左側はVPから

右側(表側)を描く例

カーシェアリングサービスで考えてみます。

  • CS:車は欲しいが、維持費がもったいないと感じている社会人
  • VP:少額で1時間単位から、24時間いつでも使える車
  • CH:駐車場に置く会員申込チラシ/ビジネスマン向けWebメディアへの広告
  • CR:月額会員制をベースとした長期的な関係
  • RS:月額会員費と、利用時間に応じた従量課金

顧客セグメントから始めると、現実的な「表側」が見えてきます。

左側(裏側)を描く例

左側は、右側で決めた「VP(価値提案)」をどう実現するか、という視点で描きます。だから出発点はVPです。

  • KA:稼働状況の可視化、24時間オンライン契約のためのシステム構築
  • KR:そのシステム、自動車本体、駐車スペース
  • KP:自社で車や駐車場を持たないなら、自動車ディーラーや駐車場オーナー
  • コスト構造:車の調達費、メンテナンス費、駐車場の契約費、システム運用費、人件費

右側は顧客から、左側は価値提案から。この順番で描くと、論理性と具体性が両立しやすくなります。

迷ったら「5つの問い」が助けになる

各ブロックに何を書けばいいか迷ったら、ドラッカーの「5つの質問」が手がかりになります。

「われわれの顧客は誰か」はCSに、「顧客にとっての価値は何か」はVPに、「われわれの成果は何か」はRSに、そのまま対応します。

問いに答えていくと、9つのブロックの中身が自然と埋まっていきます。

「現状(As-Is)」と「理想(To-Be)」、描く順番のちがい

BMCには、現状を映す描き方(As-Is)と、目指す姿を描く描き方(To-Be)があります。混ざると、検証できない一枚になりがちです。

図3 まず現状(As-Is)、次に理想(To-Be) ① 現状(As-Is)BMC 今の顧客・価値・収益・コスト を“そのまま”映す =描き直しの土台 描き直す ② 理想(To-Be)BMC これから目指す姿 (仮説・構想) =現状を踏まえて描く

図3 まず現状(As-Is)、次に理想(To-Be)

観点As-Is(現状)BMCTo-Be(理想)BMC
目的今の事業を、そのまま一枚に映すこれから目指す姿を描く
描く順番まずこちらからAs-Isを描いた後で
何を映すか実際の顧客・価値・収益・コスト仮説・構想
向いている場面事業の点検、引き継ぎ、描き直しの土台づくり新規事業、事業の刷新の構想
陥りやすい罠「あるべき」を混ぜてしまう現状を飛ばして空想になる

どちらも必要です。大事なのは順番です。まず現状を正直に描き、その上で理想を描き直す。この順番が、地に足のついた描き直しにつながります。

よくある失敗 ── 現状を描くときの3つのつまずき

ベンチャーネットが現場で見てきた、「現状を描く」ときにつまずきやすい3つのパターンを共有します。

これは、できていない会社を指摘するためではありません。先に知っておけば避けられる、という思いからお伝えします。

失敗1:いきなり「理想」を描こうとして手が止まる

こんな状態です。

  • 白紙を前に、何を書けばいいか固まってしまう
  • 「あるべき姿」から書こうとする
  • きれいな言葉で埋めたが、実態とズレている

理想を先に置くと、検証できない空想になります。

まずは今ある顧客と、今提供している価値を、そのまま書く。ベンチャーネットは「現実をそのまま見る」を起点に、最初の一枚づくりに伴走します。

失敗2:9つの略語の「穴埋め」が目的になり、中身が空っぽ

こんな状態です。

  • 各ブロックを単語だけで埋めて満足してしまう
  • 「顧客=中小企業」のように粗いまま止まる
  • 要素どうしがつながっていない

枠を埋めること自体がゴールになると、論理が通りません。

CSは「顧客が抱えている仕事」まで、VPは「製品名ではなく価値の中身」まで踏み込む。右側のCSから、VPを中心に組み立てると、自然と要素がつながります。

失敗3:一人で描いて、「共通言語」にならない

こんな状態です。

  • 経営者だけが描いて、現場と認識がズレる
  • 一度描いて、そのまま棚にしまう
  • 人によって解釈がバラバラ

BMC本来の力は、関係者の「共通言語」になることです。一人の作業だと、その力が発揮されません。

描いた一枚を叩き台に、現場と対話する。描いて終わりにせず、回しながら磨いていく。これがベンチャーネットの考え方です。

よくある質問(FAQ)

Q1. ビジネスモデルキャンバスとリーンキャンバスは何が違いますか?

どちらも事業を9つの要素で整理する一枚図ですが、使う場面が違います。BMCは事業全体を俯瞰したいときに、リーンキャンバスはスタートアップの仮説検証に向いた簡略版として使われます。自社の事業を点検・描き直すなら、本記事のBMCが適しています。

Q2. 9つの要素は、どこから描けばいいですか?

右側の「CS(顧客セグメント)」から、VP(価値提案)を中心に描くのがおすすめです。現状を描くなら、まず「今の顧客」と「今提供している価値」をそのまま書き出します。理想の姿は、その後で描きます。

Q3. 描いた後は、どう使えばいいですか?

描いた一枚を、関係者の共通言語として使います。現状(As-Is)が見えたら、次は「どこを変えるか」を考える描き直し(To-Be)へ。経営の見える化(第2章)とつなげると、業務の現実と事業の現実が一本でつながります。

まとめ ── 一枚に描けたら、次は「描き直し」

ビジネスモデルキャンバスは、事業の仕組みを一枚に映す道具です。

そして、最初に描くべきは未来ではなく「今」。現実をそのまま映すことが、確かな描き直しの土台になります。

  • まず現状(As-Is)を、右側のCSから・VPを中心に描く
  • 略語の穴埋めで終わらせず、要素をつなぐ
  • 一人で抱えず、共通言語として使う

一枚に描けたら、次は「どこを変えるか」です。

ベンチャーネットは、その描き直しに伴走します。最初から完璧な一枚を目指す必要はありません。まず描いて、回しながら磨いていく。その過程を、一緒に考えさせてください。

価値提案(VP)をさらに深めたい方は「バリュープロポジション」の記事へ。事業の前に業務の現実を整理したい方は「現状業務分析」の記事へ進んでみてください。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

持田 卓臣のアバター 持田 卓臣 株式会社ベンチャーネット代表取締役

株式会社ベンチャーネット 代表取締役
2005年に株式会社ベンチャーネットを設立後、SEOをはじめとするデジタルマーケティング領域のコンサルティングサービスを展開
広告・SNS・ウェブ・MA・SFAと一気通貫で支援を行っています
著書に『普通のサラリーマンでもすごいチームと始められる レバレッジ起業 「バーチャル社員」があなたを救う』(KADOKAWA、2020年)

目次