究極の事業主、「イケてる無職」について

「フリーランスなんてなりたくてなるもんじゃないよ、事業主なんてなろうと思ってなるものじゃないよ、あれは『なってしまう』ものだ」

よく耳にする部類の言説だと思うけれど、僕はこれにとても強く同意する。フリーにしろ起業にしろ、どう考えても一番いいのは「いつの間にかそれが仕事になってしまった」パターンで、この場合はフリーになるとか起業するとかそういう選択以前に「生業」があるわけだから失敗の可能性がとても少ない。挑戦もリスクテイクもないままに成功と呼べる水準の仕事が出来上がってしまう、これはもう、まさに理想と呼べる事業の立ち上げだろう。

しかし、現実を言えば「起業したい」とか「フリーで働きたい」、もっと言えば「サラリーマンはもう嫌だ」みたいな希望が現実的な生業より先に立つ人だってやはり多いだろう。ナチュラルボーン・フリーランスみたいな人たちにはこういうタイプを小馬鹿にする向きがあったりするけれど、僕もまた「もうサラリーマンは嫌だ」で起業した人間なのでこの気持ちはよくわかる。とてもとてもよくわかる。フリーで働きたい、自分の事業を興したい、その気持ちの後に「では、何をやればいいだろう?」がやってくるのはとても自然なことだ。

かつてこれに直面した僕は「出資を集めて人を雇い、店舗を作り、大規模事業をやろう」と決めた。そして大失敗した。未だにこの苦い経験はトラウマとして残っているし、未だに資金繰りが行き詰まった日の夢を見て汗びっしょりで飛び起きる。今考えれば、あれはまさしく最悪の選択肢だった、そう認めざるを得ない。当時は、「たくさんの出資を集めて果敢に事業を仕掛ける若き青年実業家」みたいな自己像に酔っ払っていた、お恥ずかしいとしか言いようがない。

金を集めて無茶な挑戦をするなんて、ちょっとハッタリが切れる奴なら誰でも出来ることだ。本当にやるべきはそういうことじゃなかった。35歳になった今それは手に取るようにわかる。では、フリーランスとして、あるいは事業主として本当に大切なことは何なのか、「イケてる無職」という概念から考えていきたい。大いに自戒と、反省を込めて。

目次

イケてる無職とはなにか

あなたの周囲にもおそらく一人や二人はいるんじゃないかと思うけれど、仕事を辞めてヒマな時間が出来たりするとあっちこっちから仕事の誘いでひっぱりだこになる人がいる。僕の周りにも「無職になった途端に生活が多忙を極めた」なんて人が結構いて、あれは本当に素晴らしいことだなと思う。これは「就職の誘いで引っ張りだこ」という意味ではない(もちろん、大抵のイケてる無職には就職の誘いも山ほどやってくるものだが…)、無職になった途端に一仕事いくらの受託業務が山のように転がり込む人という意味だ。これが「イケてる無職」の定義だと考えてもらいたい。これがどれほど素晴らしい出来事なのかは、一度無職をやったことがある人間全員が体感できるだろう。

「それは何か特殊能力のある人の場合でしょう?」と感じた人も多いと思うけれど、僕の経験に照らせばそうとはまったく限らない。世の中は、「プロに依頼すると高くつきすぎるが、自分でやると全然ワリに合わない」みたいな仕事に満ち溢れているし、これは資本主義社会の普遍として存在し続けるしょぼい裁定取引チャンスと言えるだろう。「自社社員でやったらワリに合わないが、外注に出してもワリに合わない」と言い換えてもいい。あなたの会社にもきっとそんな業務が山ほどあって、割高を承知でプロに委託するか(安心だが請求書を見てため息をつくしかない…)、やりたくないやらせたくないを承知で自社社員を動かしているはずだ。

このスキマにイケてる無職はスルリと入り込む。彼らはちょっとLINEで「無職になりました」と送信するだけで、「じゃあこの仕事、~円で頼めない?」が降り注いで来る人々だ。そして、これこそが事業主やフリーランスへ転身するための最も良い下地であることは言うまでもないだろう。なにしろ、最低限食っていけることだけは保証されているのだから。イケてる無職こそ、最強の事業主なのだ。

イケてる無職になるにはどうすればいいだろう?

イケてる無職、自分で作った言葉なのだがちょっと長いのでイ職と略していこう。イ職は仕事を自分で選べない。周囲の人が「あいつなら問題なくこなせるだろう」と考えた仕事をブン投げて来るのだから、その選択権は常に依頼者にある。僕自身は到底「イケてる」なんてものでは到底なかったけれど、サラリーマンから文筆業に転身する時、こういった仕事にやはり助けられた。「おまえは文章が書けるしTwitterで知名度もあったからだろ、再現性がねえんだよ」と怒らないで欲しい、僕が食っていくためにしていた仕事は全く文筆に限らないのだから。

例えば想像して欲しい。あなたの管理している不動産物件に、いきなり巨大な冷蔵庫が三つ不法投棄された。僕は不動産管理業者から仕事を貰うことが多かったのでこういう例になってしまうんだけど、世の中にはこういう「お金を払えばいくらでも対処できるけれど、ちょっと困ったこと」がたくさんある。あるいは、アパートの住人が退去届を出していなくなったけれど、部屋にはあらゆる家財が置き去りだった…そういうのを想像して欲しい。

これを「片づける」手段をあなたは思いつけるだろうか。軽トラを借りて積み込んで…あれ? 冷蔵庫ってどうやって捨てればいいんだっけ? 産業廃棄物になるから普通に粗大ゴミは無理じゃないか? 個人として引き取ってきて分けて粗大ごみでイケるのか? リサイクルショップは引き取ってくれるか? あれ? 大抵の人がちょっと悩みこんでしまうのではないかと思う。イ職の仕事は常にこういう「なんとかしてくれ」といったものになる。

もちろん答えはケースバイケースだ。「アパートを蔦が覆ってしまったのでなんとかしてくれ」みたいな依頼の場合、市のシルバー人材センターなんかから人材を引っ張ってくる必要もあるかもしれない、あるいはシルバー人材センターで仕事をしているお爺ちゃんの電話番号を「たまたま」2人ほど知っていたりすると最高かもしれない。とにかくイ職とは、こういった物事を何とか出来る人のことで、あるいは「あいつならなんとかできる」と周囲に思われている人のことだ。

華やかな起業より、泥臭い雑用を。フリースタイルな仕事を。

起業をするとわかるのだけれど、あれは絶え間なく続く「なんとかしろ」の繰り返しだ。だから、会社をコカした元経営者は大抵の場合「なんとかする」能力にたけている。あまり誇れることではないが、僕自身もこの能力はわりと高い方だ。数千万の借金を背負って得た能力がこれかと考えると泣きたくなるが、それでも人は手持ちのカードを切って生きていくしかない。

「なんとかしてくれ」と依頼を受けた時点では明確なゴールが見えてなくても、僕は「まぁ、この方向でやればなんとかなるだろう、利益はこれくらい取るとして予算はこんなもんかな」と目途を立てられる。そして、しょぼい依頼であれば大抵の場合外さない。これが出来るようになって、食い詰める恐怖は以前より大分小さくなった。もちろん、僕はもう35歳なのでこの先体力勝負は出来なくなるだろうからそれは怖いのだけれども…。「いざとなれば石膏ボードを担いで荷揚げが出来る」若さは、もう僕の下から去ろうとしている。

ラッパーに怒られそうだけれど、これは「あいつはフリースタイルラップが出来るから、現場にブン投げておけばあとは何とかなる」みたいな話だ。この能力を手に入れるにはどうすればいいか。起業する…それは僕と同じ本末転倒をたどるだけの話になるので避けるとして、周囲の経営者や外注権限を持ったサラリーマンに「なんか雑用ないっすか?」と尋ねてみるのが一番手っ取り早いだろう。現在どんどん「副業」は市民権を得て来ているし、少なくとも千尋の谷に飛び込む「創業」よりはよっぽどハードルが低いはずだ。

最初にやってくる仕事は「日曜日の草むしり、1万円」かもしれない。でも、「きちんとしたクオリティで草をむしれる人」なんてそんなにたくさんはいない。多くの人は、むしった草をつめた袋をどう処分すればいいかすらピンとこないはずだ。あるいは時に安く使い倒されるかもしれない、それは素晴らしい経験だ。あなたはその中から価格交渉を学ぶことが出来る。いきなりプロとしてやるハメになるよりよっぽど良いだろう。

改めて思うのだけれど、僕は「起業」に華やかなイメージを持ち過ぎていた。こういった泥臭い「雑用」をナメ過ぎていた。始めるなら、こういうところからだったと今なら思う。「なんか雑用ないっすかね?」と他人の懐に飛び込んでいけない奴に、どんな会社が経営できるというのだ、僕はどれほど愚かだったのだと今更に痛感する。25歳の僕はおそらく「草むしり」すら出来ないガキだっただろう。

まずはイケてる無職になろう。その先にフリーランスや事業主の世界はどこまでも広がっている。世の中は、「なんとかする」仕事に満ちている。会社に頼らず、自らの力で稼いでいくとは常に「なんとかしていく」ことだ。なんとか出来る人になろう。きっと、あなたはなれると思う。こんな文章を最後まで読んでくれるくらい飢えたあなたなら、きっとなれる。僕のような愚を通らず、あなたはきっとなんとか出来る人だ。

よかったらシェアしてね!

この記事を書いた人

1985年、北海道生まれ。大学卒業後、大手金融機関に就職するが2年で退職。
現在は不動産営業とライター・作家業をかけ持ちする。
著書に『発達障害サバイバルガイド: 「あたりまえ」がやれない僕らがどうにか生きていくコツ47』(ダイヤモンド社)、『発達障害の僕が「食える人」に変わった すごい仕事術』(KADOKAWA)がある。

目次
閉じる