悪い因果は背負う。いい因果は分け合う——普通とは逆の、責任と成果の置き方

この記事でわかること

  • 悪い因果は人のせいにせず、自分で背負って清算する
  • いい因果は手柄にせず、従業員や取引先と分け合う
  • その根拠となる「因果のみあって人なし」という見方

前回は、学ぶ時期の話を書きました。リタイアした後ではなく、現役のうちに、という話です。

その最後に、次は「うまくいったとき」の話だと書きました。それが、老師が坐禅会で話した因果の引き受け方です。

因果とは、原因と結果のつながりのことです。老師の話は、その理屈の説明ではありません。まずいことが起きたとき、うまくいったとき、それをどこに置くかという、実践の話でした。

老師の答えは、普通とは逆でした。悪い因果は背負い、いい因果は分け合う。では、なぜ逆に置くのか。

目次

「普通だったら人のせいにする」

老師は、まずいことが起きたときの普通の反応から話し始めます。

悪い因果が来たらね。普通だったら人のせいにしてね。これは親が悪い、兄弟が悪いね。政府が悪いとかなる。

誰かのせいにする。環境のせいにする。それが普通だ、と老師は認めています。

そのうえで、こう続けます。

そうじゃなくて、……全部自分の責任で、どれぐらいのお金がかかろうと全部清算する。

全部、自分の責任で清算する。人のせいにしない、というだけではありません。自分の側で片をつける、という言い方です。

うまくいったときも、普通は逆をやる

次に老師は、いいことが起きたときの話をします。

また、いいことも来るでしょ。……ほれ見ろ。俺はね、人に徳があるから、こうあるんだよ。ね。

うまくいくと、自分が偉いからだと思う。まずいときは人のせい、うまくいけば自分の手柄。多くの人が、知らないうちにこの置き方をしています。

老師の答えは、その逆でした。

そういういいことが起きたら、みんなと分け合うってことですよ。分け与えられた人は喜ぶじゃないですか。

従業員に臨時ボーナス出してもいいじゃないですか。それからあの取引先とね。

そして、こうまとめています。

悪い因果は全部背負うと。自分が責任で背負う。いい因果をみんなと分け合うというのが、僕は人生の生きる道だと思うから。

責任と成果の、置き方 普通の置き方 老師の置き方 悪い因果 いい因果 人のせいにする 親・兄弟・政府が悪い 全部、背負う 自分の責任で清算する 自分の手柄にする 俺に徳があるから みんなと分け合う 従業員に・取引先と 坐禅会(2017年3月)の老師の言葉をもとに筆者が整理

図1 責任と成果の、置き方——普通は「悪いは人に、良いは自分に」。老師はその逆を勧めた

「因果のみあって、人なし」

なぜ、そう置くのか。老師がその根拠にしているのが、この言葉です。

因果のみあって人はないか。……禅語は素晴らしい。因果しかないんですよ。何事もいい、いいことも悪いことも。

因果のみあって、人なし。起きることには、原因と結果のつながりだけがあって、「俺が」という主役はいない、という意味です。

老師はその日、手元にあるものを例に、これを説明していました。いま持っているものも、たどっていけば、無数の人と出来事がつながった結果である。「俺のもの」と言えるのは、当面のことにすぎない、という話です。

すべてのものは……全部因果の結果だけなんですよ。

そう考えると、二つの反応の根は同じです。まずいときに「あいつのせいだ」と切り分けること。うまくいったときに「俺の手柄だ」と囲い込むこと。どちらも、「俺が」という思い込みから出ていると私は読みました。

別の回でも、同じことを言っていた

翌月の坐禅会でも、老師は同じ話をしています。

もうね、人のせいにしない。よく親のせいだね、兄弟のせいだ、会社のせいだ、あるいはそのね、政府のせいだって言いたがるんですよ。

全部因果は引き受けましょう。我々因果は全部自分で処理しましょう。いい因果はみんなと分け合いましょうと。

同じ日、老師は経営者についてこうも言っています。従業員を雇い、その家族まで背負う責任を持って生まれている。それは当たり前のことではない、と。

これもまあ試されてるというか、修行の場を与えられてるってこと。だから俺は経営者、俺が偉いんだ。これじゃダメなのね。

その場のやりとりの中では、成功こそが一番の危険だ、という言葉も出ていました。うまくいったときに「俺が偉いから」と思うことが、いちばん危ない、という趣旨です。

私の場合——臨時の一時金

うまくいったときに私が分けたものを一つ挙げると、臨時の一時金です。金額は書きません。

老師の言葉に当てはめると、これは「いい因果をみんなと分け合う」の形の一つだったのだと思います。

老師の話からもう一つ読み取れるのは、分けることより、分ける前の置き方のほうが大事だということです。うまくいったときに、それを「自分の手柄」として受け取るか、「因果の結果」として受け取るか。前者のままでも、一時金は出せます。老師が勧めているのは、後者の置き方のほうだと私は読みました。

分ける前に、置き方がある うまくいった 自分の手柄として受け取る 俺に徳があるから 因果の結果として受け取る 「因果のみあって人なし」 成功が、一番の危険になる 自然に、分け合う 坐禅会(2017年3月・4月)の言葉をもとにした筆者の読み

図2 分ける前に、置き方がある——同じ成果でも、どう受け取るかで次が変わる

経営に置き換えると

経営者は、まずいことにも、うまくいくことにも、毎年のように出会います。

業績が落ちたとき、景気や取引先や社員のせいにしたくなる。うまくいったとき、自分の判断が良かったからだと思いたくなる。どちらも、たぶん自然な反応です。

老師の話は、その自然な反応を、意識して逆に置き直すことを勧めています。まずいことは、自分の側で手を打つ。うまくいったことは、関わった人と分ける。

これは、人を責めない組織、手柄を独り占めしない組織をつくる話でもある、と私は考えます。上が逆に置けば、下も逆に置きやすくなるからです。

「全部自分を責めろ」という話ではありません

誤解されやすい点が、二つあります。

一つ目。まずいことを一人で抱えて、自分を責め続けろ、という話ではありません。老師の言葉は「清算する」「処理する」です。手を打って、片をつける。老師自身、そうすると「楽でしょうがない」と言っています。しんどいときは、一人で抱え込まず、人の手を借りることも大切だと私は考えます。

二つ目。うまくいったことを喜ぶな、という話でもありません。老師が戒めているのは、「俺が偉いから」と思うことのほうです。喜ぶことと、囲い込むことは別です。

まとめ——悪いは背負い、良いは分ける

  1. 悪い因果は、人のせいにせず背負う。自分の責任で清算する
  2. いい因果は、自分の手柄にせず分け合う。従業員に、取引先と
  3. 根拠は「因果のみあって人なし」。「俺が」という主役は、当面のものにすぎない

心を高める、経営を伸ばす。責任と成果を普通とは逆に置くことは、心の側の話であり、組織の側の話でもあると、この言葉を読み直して思いました。

老師は、自分を五尺の体だと思うのは誤解だ、と言います。では、「俺」の範囲はどこまでなのか。次回は、その話です。

明日、一つだけやってみる

最近うまくいかなかったことを一つ選び、人のせいにせず、自分の側で打てる手を考えてみてください。自分を罰することとは違います。

よくある質問

Q. 何でも自分の責任にすると、苦しくなりませんか。

老師は逆のことを言っています。全部自分で処理すると決めると「楽でしょうがない」と。人のせいにしている間は、ずっとその人のことを考え続けることになるから、と私は読みました。それでも苦しいときは、一人で抱え込まないでください。

Q. 悪い因果を「背負う」とは、具体的に何をすることですか。

老師の言葉は「全部自分の責任で清算する」です。人のせいにせず、自分の側で手を打つことだと私は読みました。自分を罰することとは違います。

Q. 宗教的な話として受け取るべきですか。

老師は禅の言葉で話していますが、この記事が借りたのは、悪いことは背負い、いいことは分けるという置き方です。用語を外しても、見方は残ります。

出典

  • 坐禅会(2017年3月)の録音記録。「普通だったら人のせいにしてね」「全部自分の責任で……全部清算する」「いいことが起きたら、みんなと分け合う」「従業員に臨時ボーナス出してもいいじゃないですか」「悪い因果は全部背負うと」「因果のみあって人はない」などは老師の発言(録音の38:33〜43:56前後)
  • 坐禅会(2017年4月)の録音記録。「もうね、人のせいにしない」「全部因果は引き受けましょう……いい因果はみんなと分け合いましょう」「俺は経営者、俺が偉いんだ。これじゃダメなのね」「楽でしょうがない」は老師の発言(39:42〜43:03前後)。「成功が一番の危険」は会話の中のやりとりで、話者を確定できないため、発言者を特定せずに書いた
  • 引用は録音の文字起こしから。言いよどみや、意味が取れない部分、具体的な金額の例は「……」で省いた。明らかな脱字(分け与えられた)は補った
  • 「因果」「因果のみあって人なし」の説明は、筆者の補足です
  • 臨時の一時金についての記述は筆者自身のもので、金額は記していません
  • 本文中に坐禅会の関係者・老師のお名前は記載していません
  • 本記事は坐禅会の録音のみを素材としており、書籍は使用していません
  • 本記事は特定の宗教を評価・推奨するものではありません

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この記事を書いた人

Takuomi Mochidaのアバター Takuomi Mochida 株式会社ベンチャーネット代表取締役

株式会社ベンチャーネット 代表取締役
2005年に株式会社ベンチャーネットを設立後、SEOをはじめとするデジタルマーケティング領域のコンサルティングサービスを展開
広告・SNS・ウェブ・MA・SFAと一気通貫で支援を行っています
著書に『普通のサラリーマンでもすごいチームと始められる レバレッジ起業 「バーチャル社員」があなたを救う』(KADOKAWA、2020年)

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