この記事でわかること
- 腹が立つこと自体は、なくならないという前提
- 変わるのは、怒りの回数と引きずる長さ
- 努力して忘れるのではなく、気づくと続かなくなる話
前回は、締切前にうろうろしてしまう話を書きました。よく見せようとする気持ちが、手を止めている、という話です。
同じ日の坐禅会で、世話人の方はもう一つ、腹が立つことについて語っています。
坐禅を続けると、腹が立たなくなるのか。そう聞かれたら、たぶん多くの人が「そうなってほしい」と思うはずです。世話人の方の答えは、それとは少し違いました。腹が立つことは、なくならない。変わるのは、その回数と、引きずる長さだというのです。
「それがなくなるわけではない」
世話人の方は、まずこう話しています。
例えばよく誰でも人間当然ですが、すぐいろんなことあればカカとなったりね、イライラとしたりするじゃないですか。
それがなくなるわけではないけど、そのイライラっていうものの回数が少なくなってきたりね、……
なくなる、とは言っていません。回数が少なくなる、と言っています。
そして、腹が立つ瞬間そのものについては、こう続けます。
その瞬間、この野郎と思ったり、こんちくしょうとか、なんだよって思うのは……
それは人間なら当たり前のことだ、という趣旨です。腹が立つこと自体を、責めていません。
「でもそれが、続かない」
この一段の芯は、その次の言葉にあります。
でもそれが続かないんですよ。不思議なことに、続けたくても続かな……忘れちゃうっていうかね。続かないの。いつの間にか。
続けたくても、続かない。
腹が立つ。その瞬間は、この野郎と思う。けれども、その怒りが、寝ても覚めても続く、ということがなくなっていく。気がついたら、忘れている。
世話人の方は、その前提も話しています。何か月か、本当に毎日坐っていると、たとえ五分であっても何かが違ってくる、と。一日や二日の話ではありません。
図1 変わるのは、怒りの「有無」ではない——腹が立つ瞬間は残り、減るのは回数と、引きずる長さ
「努力して忘れなきゃ、ではない」
もう一つ、こういう言葉もあります。
努力して忘れなきゃっていうんじゃないんですよ。自然にそうなっていって、そのままどうでもよくなっちゃうわけね。
忘れようと努力するのではない。
腹が立ったとき、私たちはつい「気にしないようにしよう」と自分に言い聞かせます。けれども、言い聞かせるほど、そのことを考えてしまう。忘れようとすることが、かえって思い出す回数を増やしている。
世話人の方が言っているのは、その逆です。努力で消すのではなく、気がついたら続いていなかった。
別の年の坐禅会でも、ほぼ同じ趣旨の話が出ています。
いちいち人に何か言われるとか、カッカとかキキとかあのやろうとかっていうのも回数も減ってくるし、それをいつまでも引きずらないっていうかな。
仮になってもすぐ捨てられるっていうか、気が付いたら忘れてるみたいな……
回数が減る。引きずらない。気がついたら忘れている。二つの年の話が、同じところを指しています。
私の場合——いまは、一晩
私の場合、腹が立ったことを引きずる時間は、昔と比べて短くなりました。いまは、だいたい一晩です。
何が効いたのかは、ここでは決めつけません。ただ、世話人の方の言い方に当てはめると、変わったのは「腹が立つかどうか」ではなく、「どれだけ続くか」のほうです。
図2 忘れ方の、二つの道——言い聞かせて消すのではなく、気がついたら続いていない
経営に置き換えると
経営者は、毎日のように腹が立つ場面に出会います。約束が守られない。報告が遅い。思わぬ一言を言われる。
私が気をつけたいと思うのは、怒りそのものより、怒りが続いている時間です。
腹が立った瞬間に決めることは、そう多くありません。問題は、怒りを抱えたまま、翌日の会議に出たり、別の判断をしたりすることです。判断を曇らせるのは、怒りの有無より、その長さなのではないか、と私は読みました。
怒らない経営者を目指すのは、たぶん無理があります。けれども、続かない経営者なら、目指せるかもしれません。
「怒るな」という話ではありません
誤解されやすい点が、二つあります。
一つ目。腹を立てるな、我慢しろ、という話ではありません。世話人の方は、腹が立つのは当たり前だと言っています。押し込めることは、勧めていません。
二つ目。「忘れればいい」と、問題を放っておく話でもありません。続かなくなるのは、怒りのほうです。起きた問題に手を打つことまで、手放すわけではありません。
まとめ——なくすのではなく、続かなくなる
- 腹が立つこと自体は、なくならない。その瞬間に思うのは、人間なら当たり前
- 変わるのは、回数と、引きずる長さ。続けたくても、続かなくなる
- 努力して忘れるのではない。気がついたら、どうでもよくなっている
心を高める、経営を伸ばす。怒りを消すのではなく、続かなくすることは、心の側の話であり、判断の側の話でもあると、この一段を読み直して思いました。
では、学ぶのはいつがいいのか。次回は、坐禅会で語られた「現役」という言葉から、学ぶ時期を考えます。
明日、一つだけやってみる
腹が立つことがあったら、自分を責めずに、それをどれだけ引きずったかだけを見てみてください。なくすことより、長さに目を向けてください。
よくある質問
Q. どのくらい続けると、変わりますか。
世話人の方は、何か月か毎日坐っていると、たとえ五分でも何かが違ってくる、と話しています。一日や二日で変わる話としては語られていません。
Q. 腹が立つ自分を、責めてしまいます。
世話人の方は、腹が立つのは人間なら当たり前だ、という言い方をしています。この記事も、腹が立つことではなく、それが続く長さに目を向けています。責める必要はない、と私は読みました。
Q. 宗教的な話として受け取るべきですか。
坐禅会での話ですが、この記事が借りたのは、怒りはなくならないが、続かなくなるという見方です。用語を外しても、見方は残ります。
出典
- 坐禅会(2019年10月)の録音記録。「それがなくなるわけではないけど、そのイライラっていうものの回数が少なくなってきたり」「でもそれが続かないんですよ」「努力して忘れなきゃっていうんじゃないんですよ」などは世話人の方の発言(録音の44:37〜45:54前後)
- 坐禅会(2017年11月)の録音記録。「それをいつまでも引きずらないっていうかな」「気が付いたら忘れてるみたいな」(21:31〜21:41前後)。会話の中の発言で、話者を確定できないため、発言者を特定せずに書いた
- 引用は録音の文字起こしから。言いよどみや、意味が取れない部分は「……」で省いた
- 腹が立ったことを引きずる時間が短くなり、いまは一晩ほどである、という記述は筆者自身のものです
- 本文中に坐禅会の関係者・世話人の方のお名前は記載していません
- 本記事は坐禅会の録音のみを素材としており、書籍は使用していません
- 本記事は特定の宗教を評価・推奨するものではありません
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