本当に見えたあとが、いちばん危ない——白隠禅師の大慢心と、十八年の残りもの

この記事でわかること

  • 本物が見えた直後に、人がなぜ止まりやすいのか
  • 白隠禅師でも、慢心が抜けるまで十八年かかった話
  • 続けることと、先を行く人との一対一という処方

以前、魔境について書きました。見えてきた、と思ったときに現れる幻の話です。

『禅の正門』の同じ節には、続きがあります。見えたあとの魔境です。

幻ではありません。本当に見えた人が、そこで止まる。本はその第一に「慢心」を挙げています。白隠禅師でさえ、慢心が抜けきるまでにおよそ十八年かかっています。

目次

本物が見えた人が、なぜ止まるのか

本はまず、見えた人の状態をこう書きます。それまで真っ暗闇の中にいて、暗いことにも気づいていなかった。それが、明るい世界を少しだけ見た。

その世界は普通の人の全く知らない世界である。それに気がついたというので、たちまち有頂天になって、真実の世界を残らず知り尽したかのように誤解し、大慢心を起こして見性を鼻にかけ、己れの修行を中断し、ひいては人をも誤るということになる。

見性(けんしょう)とは、自分の本質を体験として見ることを指す禅の言葉です。

それでも、見えたこと自体は本物だという点は動きません。幻を見たのではありません。

問題は、一部を見ただけなのに、全部を知ったと思うこと。そして、そこで止まり、人にも間違った道を教えてしまうこと。本が挙げている害は、この三つです。

白隠禅師でさえ、二十四歳で起こした

本は、この実例として白隠禅師を挙げ、「五百年間出の大禅師」と呼んでいます。

二十四歳のとき、白隠禅師は十余日、寝食を忘れて坐り抜き、大悟しました。これは本物の体験でした。

ところが、師に話しても、一緒に修行する仲間に話しても、通じない。

同参の人たちに話しても、まるで通じない。そこで一大慢心を起こし、三百年来、自分ほど痛快に了徹したものはあるまいと思うに至った。

本はすぐに続けます。「ところがこれが大間違いで」。

その後、白隠禅師は信州の正受老人のもとへ行き、見せた体験を次々に退けられます。そこで浴びた言葉が、これです。

箇の鬼窟裏の死禅和(この穴倉禅坊主め)

本は、この場面を「天狗の鼻をへし折られる」と書いています。

見えてから、残りものが消えるまで 24歳 大悟する (本物の体験) 一大慢心 仲間に通じない 鼻を折られる 先を行く人に会う 42歳 残りものが消える 折られたあとも、残っていた およそ十八年 同書の記述をもとに筆者が図化。年齢は同書の記載による

図1 見えてから、残りものが消えるまで——白隠禅師は、折られたあとも十八年かかっている

折られても、残っていた

この話には、もう一段あります。見落としやすいところだと思います。

正受老人のもとで、白隠禅師はさらに大きく悟ります。それで終わりではありませんでした。

しかし、まだ残りものがあった。それを勦絶したのは、禅師四十二歳の時である。

二十四歳で見て、鼻を折られ、さらに悟って、それでも残りものがあった。消えたのは四十二歳。およそ十八年です。

そして本は、こう締めくくります。

五百年間出の大禅師と言われる白隠禅師でさえこのような苦修練行によって慢心という禅病を克服されたのである。

慢心は、一度折られれば消えるものではない。それほど根の深いものだ、というのが本の見立てです。

私は、この節を自分に向けて読んだ

経営の話に置き換えると、以前書いた「幻」とは違う場面が浮かびます。

幻は、少し良くなったときに出るものでした。慢心は、本当にうまくいったあとに出ます。

私は基幹システムの導入を支援する仕事をしています。大きな導入を一度やり遂げれば、それは本物の経験です。ただ、本物であるほど、次の現場にもそのまま持ち込みたくなるのは自然なことだと思います。

前の成功が本物だから、疑いにくい。ここが、幻より厄介なところです。

もう一つ、本の中で立ち止まったのは「まるで通じない」という一言でした。

白隠禅師の慢心は、周りに通じなかったところから育っています。通じないのは、自分が先に行ったからだ。そう読めてしまう。

通じないことが、慢心の証拠として使われてしまう。これは経営者にも起こりうることだと、私は読みました。一人で先を見ている立場ほど、周りと話が合わないことが増えるからです。

見えたあとの、二つの道 本物が見えた 慢心の道 周りに通じない 全部を知ったと思う 修行を止める 人をも誤る 本が示す道 ますます続ける 先を行く人と一対一で会う 己れを戒める 人には恭謙に 同書本文212・217ページの要旨を筆者が整理

図2 見えたあとの、二つの道——分かれ目は「止めるか、続けるか」

本の処方は、続けることだった

では、どうするか。本の答えは、意外なほど地味です。

深く己れを戒慎し、人に対しては恭謙

見えたら、ますます熱心に続けること。そして、入室独参(師と一対一で向き合う場)を重ねること。自分を戒め、人には謙虚に。

本はさらに、こう書きます。

見性そのものは魔境でもなんでもなく、必ず通過しなければならない入道の第一関門である。

見えることは悪くない。入口にすぎない、というだけです。

白隠禅師の鼻を折ったのも、仲間ではなく、先を行く人との一対一でした。同じ段階の人には、慢心は見えません。

「成功を誇るな」という話ではありません

誤解されやすい点が、二つあります。

一つ目。本は、見えたことを否定していません。白隠禅師の二十四歳の大悟も、本物として扱われています。問題にしているのは、そこで止まることです。

二つ目。自分を責める話でもありません。五百年に一人と言われる人でさえ、残りものが消えたのは四十二歳だった、と本は書きます。慢心が出たら失格、ではない。出るものだ、という前提です。

まとめ——入口に着いたと知る

  1. 見えたあとの魔境の第一は、慢心。本物を見た人ほど、全部を知ったと思いやすい
  2. 白隠禅師は、折られたあとも十八年かかった。慢心は一度では消えない
  3. 処方は、続けることと、先を行く人との一対一。同じ段階の人には見えない

心を高める、経営を伸ばす。うまくいった直後ほど、高めるほうを止めたくなります。止めた瞬間に、伸ばすほうも止まるのだと、この節を読んで思いました。

学んだ直後は、人に語りたくなる。本はそれにも名前を付けています。どんな名前なのか。次回は、同じ節の三つ目に進みます。

明日、一つだけやってみる

うまくいった直近の一件を思い出し、そのあとも続けていることがあるかを確かめてください。止めていたなら、一つだけ再開してみてください。

よくある質問

Q. うまくいった経験を、人に話してはいけないのですか。

本はそこまでは言っていません。問題にしているのは、一部を見ただけで全部を知ったと思い、そこで止まることです。

話すかどうかより、話したあとも続けているかどうかのほうが、本の関心に近いと私は読みました。

Q. 鼻を折ってくれる人がいない場合は、どうすればよいですか。

この節は、その場合の方法を書いていません。

ただ、白隠禅師が折られたのは、人の勧めを受けて、先を行く人のところへ出向いたからです。待っていて現れたのではありません。探しに行く、という一手は残っていると思います。

Q. 宗教的な話として受け取るべきですか。

本は仏教の言葉で書いていますが、この記事が借りたのは、本物を見た人ほど止まりやすいという構造だけです。用語を外しても、構造は残ります。

出典

  • 山田耕雲『新版 禅の正門』(春秋社、1986年)第三章第六節「魔境」の「三 見性後の魔境」第一=慢心。本文211〜217ページ
  • 「その世界は普通の人の全く知らない世界である……ひいては人をも誤るということになる」は本文212ページ
  • 「同参の人たちに話しても、まるで通じない……思うに至った」は本文212〜213ページ。「ところがこれが大間違いで」は本文213ページ
  • 「箇の鬼窟裏の死禅和(この穴倉禅坊主め)」は本文213ページ。括弧内の言い換えも同書による
  • 「しかし、まだ残りものがあった。それを勦絶したのは、禅師四十二歳の時である」は本文215ページ
  • 「五百年間出の大禅師と言われる白隠禅師でさえ……克服されたのである」は本文216ページ
  • 「深く己れを戒慎し、人に対しては恭謙」「見性そのものは魔境でもなんでもなく、必ず通過しなければならない入道の第一関門である」は本文217ページ
  • 同書は白隠禅師の年譜を引いて問答を詳しく載せているが、本記事では要旨にとどめた。「十八年」は同書の記す二十四歳と四十二歳から筆者が算出した
  • 引用はすべて、同書のスキャン原本の該当ページ画像(400dpi)で字句を確認した
  • 本文中に人名として記したのは白隠禅師・正受老人(いずれも歴史上の人物)のみです。坐禅会の関係者のお名前は記載していません
  • 本記事は書籍のみを素材としており、坐禅会の録音は使用していません
  • 本記事は特定の宗教を評価・推奨するものではありません。同書の主張の紹介であり、その内容を保証するものではありません

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この記事を書いた人

Takuomi Mochidaのアバター Takuomi Mochida 株式会社ベンチャーネット代表取締役

株式会社ベンチャーネット 代表取締役
2005年に株式会社ベンチャーネットを設立後、SEOをはじめとするデジタルマーケティング領域のコンサルティングサービスを展開
広告・SNS・ウェブ・MA・SFAと一気通貫で支援を行っています
著書に『普通のサラリーマンでもすごいチームと始められる レバレッジ起業 「バーチャル社員」があなたを救う』(KADOKAWA、2020年)

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