「先に与えたら、損なのでは」と思ったことはありませんか
見積もりをすぐ出した。聞かれてもいない相談に乗った。試しに一つ、無償でやってみた。そのたびに、頭の片隅でこう思います。「これ、こちらが損をしているのでは」と。
いまは、その迷いがいっそう強くなる時代です。AIに聞けば、提案書も見積もりも、ものの数分で出てくる。どこに頼んでも、答えが似てくる。価格も納期も横並びになり、「違い」が見えにくくなりました。
それでも、選ばれ続ける会社があります。特別に安いわけでも、特別に速いわけでもない。なのに「あの会社に頼みたい」と名指しされる。この差は、いったいどこから来るのでしょうか。
短期では損に見える。でも、長く続く会社は「与える側」
組織心理学者のアダム・グラントは、人を3つのタイプに分けました。まず与えるギバー、まず受け取ろうとするテイカー、損得を合わせるマッチャー——。
短い目で見れば、得をするのはテイカーに見えます。与えずに受け取るほうが、その場は有利だからです。ところが長い目で見ると、最後に伸びるのはギバー、つまり「先に与える人」だった。これが『GIVE & TAKE』(アダム・グラント著)が示したことの一つです。
短期では損に見えても、繰り返しのなかでギバーが伸びていく——それがこの物語の骨格です。
経営の現場でも、同じ景色を何度も見てきました。目先の一回で勝とうとする会社より、相手のために先に動く会社のほうが、なぜか長く残る。偶然ではない、とベンチャーネットは感じています。
信頼は、「先に与える」ことからしか生まれない
ベンチャーネットが大事にしている考えが、ここにあります。信頼は、先に与えることからしか生まれない——。
考えてみれば、当たり前のことです。「この人は、自分のために先に動いてくれた」。その記憶があってはじめて、人は誰かを信頼します。受け取ってから返す、では順番が逆なのです。
そしてAIの時代は、この「信頼」の価値をむしろ高めます。情報も、ノウハウも、整った提案書も、AIがあれば誰でも手に入る。均(なら)されていくほど、最後に残る差は「誰を信頼するか」になるからです。
ひとつ、誤解を避けておきます。ここでいう「与える」は、値引きや無償奉仕のことではありません。相手の判断材料を増やすこと。選択肢を広げること。先に相手の役に立つこと。お金を削るのではなく、相手の「決められる力」を先に渡す。それが、与えるということです。
なぜ「与える者」が勝つのか——取引は、一度きりではないから
「与える者が勝つ」と言われても、きれいごとに聞こえるかもしれません。けれど、ここには理屈の裏づけがあります。
取引は、たいてい一度きりではありません。同じ相手と、来年も再来年も付き合う。紹介が紹介を呼び、評判が次の取引をつくる。この「繰り返し」の世界では、与え合う関係がいちばん得をする。これは、長く研究されてきた答えでもあります。
一度きりの勝負なら、奪ったほうが得かもしれない。けれど取引が続くなら、信頼を裏切った瞬間に、次がなくなる。だから繰り返しの世界では、「先に与え、誠実に応える」が、結局いちばん強い手になります。
ただし、ここで一つ、正直に言っておきたいことがあります。与え続けるのは、楽ではありません。こちらの善意を、ただ食い物にする相手もいます。先に与えて、返ってこないことも当然ある。
それでも与える側に立ち続けられるかどうかは、「真摯さ」にかかっています。媚びるのでも、見返りを計算するのでもなく、相手の成果を本気で願う。その姿勢があってはじめて、与えることは続けられます。この真摯さについては、リーダーシップと真摯さでも詳しく書いています。
AIには均(なら)せない。「何を先に与えるか」は、人にしか決められない
AIは、平均的な答えを、すばやく返してくれます。これはとても便利で、ベンチャーネットも日々使っています。
けれど、AIにできないことがあります。「自分たちは、誰に、何を、先に与える会社なのか」。この問いに答えることです。答えは過去の平均の中にはなく、その会社の意志の中にしかないからです。
かつて、こんな言葉に出会いました。「思考はアウトソースできるが、理解はアウトソースできない」。作業はAIに任せられても、自社が何を信じ、何を先に渡すのかという「理解」だけは、人が引き受けるしかない。信頼を設計するとは、つまりそういうことだと考えています。
あなたの会社は、お客様に「何を」先に与えているでしょうか。すぐに答えが出なくても、かまいません。その問いを持つこと自体が、出発点になります。
おわりに——与えることは、遠回りに見えて、いちばんの近道
先に与えるのは、その場では損に見えます。けれど繰り返しのなかで信頼に変わり、信頼が次の仕事を連れてきます。遠回りに見えて、長く続く会社にとっては、いちばんの近道なのかもしれません。
ベンチャーネット自身、システムを納めて終わりにせず、お客様の経営に伴走することを、20年以上の軸にしてきました。「先に与える」を、自分たちでも続けてきたつもりです。その原点についてはなぜ、ベンチャーネットは存在するのかで、いまなぜ経営を見直すのかはなぜ今、経営を見直すのかで触れています。
もし「うちは、何を先に与えられるだろう」と考えてみたくなったら、その時はぜひ、一緒に考えさせてください。

