人は変化し、成長する。マイクロ起業と働き方の未来(借金玉のマイクロ起業 Vol.21)

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お仕事、好きですか?

皆さん、仕事好きですか。僕は嫌いです・・・と言いたいところなのですが、「本当に嫌いなのか?」と言われるとかなり悩みこみます。「なにかを行って対価をもらう」というのは良いことだと思いますし(仕事上級者になると何もやらないことで対価を貰ったりしますが、これは上級編なので別の話です)「お値段いくらにする?」というような交渉も好きです。営業もあれは「狩り」みたいな興奮があって楽しいので、嫌いじゃありません。

「長時間労働が嫌いか?」って言われると「スゲー嫌いなこともあるけど、無限に楽しいこともある」って感じになります。なんだろう、没頭して30時間くらい仕事を続けているときのあの楽しさってやっぱりあるじゃないですか。なんというか、仕事と自分と世界にはこの二つだけだ、とでもいうような静けさというか。そういうときに「ここで仕事を止めろ」って言われると不愉快になりますよね。ということは、長時間労働という概念もその抽象化では「嫌い」と言い切れない。

人間は結構、自分が「何が嫌いで何が好きか」がわかりません。「何故嫌いか」「何故好きか」に至るともっとわかりません。僕は発達障害の特性なのか、こういうボンヤリした理解がとても苦手なので、「何故好きなのか」「何故嫌いなのか」「自分が好むもの、嫌うものの明確な線引きは何か」などが整理されていないと脳が混乱して全身が振動してしまう難儀な生き物なのですが、普通の人はあんまりそんなことを考えないと思います。

しかし、「働き方」を考える上でこの考え方は結構役に立ちます。

何故起業するのか

さて、今度は起業の話です。起業をする人には、わざわざそんなことをするのだから何か求めるものがあると思います。ただ、「お金が欲しい」というなら、「起業」ってのは最適な選択肢とは限りませんよね。「年収1000万欲しい」なら、大企業のサラリーマンになるほうが堅いですし、年収3000万欲しいなら外資金融とか行った方が早いと思います。士業という手もあるかもしれません。まして、年収500万欲しいなら起業はもっと最適選択ではないでしょう。だって、500万を一人で稼ぐより、既存の大きな組織の歯車になって500万貰う方が、大抵の人にはよっぽど簡単で楽です。

それでも人は「起業」をします。僕もしました。僕にもやっぱり求めるものがあったからです。でも、当時はとてもボンヤリしてました。とにかく「組織」で働くのがイヤで、会社の空気に順応するのもイヤで、あとものすごいいっぱいの(100億くらいをイメージしてました)お金も欲しくて。じゃあ起業すっかなー、という感じでした。でも、僕の目的に僕の起業が合致していたかというと、それはしていなかったですね。始まった時点から間違っていた気がします。

自分が何を求めていて、そのためにどのような行動を選択するかを選ぶのはとても難しいことです。これはすなわち、自分が「何が嫌いで何が好きか」がわかっていないということです。しかし、それでも人は目標を定めて、何かに飛び込んでいくしかありません。それをしないとその場から一歩も動けないですからね。

目標の不確かさは仕方ない、そして起業という不自由

人間は、変化する生き物です。もし、変化しないとしたら成長もしないということになるでしょう。経験を積み、知識を増やしていくごとに人間は変わっていきます。だから、25歳の時に抱いていた目標と、30歳の時に抱いている目標は多くの人にとってかなり別物になっていると思います。25~30というのはもっともたくさんの知識と経験を得られる時期ですよね。仕事にも脂が乗ってきますし、社会的にも「子供」から「大人」へと認知が変化していく時期です。

そういうわけで、「ひとつの不動の目標を掲げ、そこに向かってひた走る人」というのは格好いいですが、現実的かといわれると「そうじゃない」わけですね。僕の人生の目標も、25から30で大きく変化しました。といいますか、25歳の時に現実的な目標とそこに至る過程なんて普通の人に予見できるわけがないと思います。知らないことがあまりに多すぎる。じゃあ、何歳になれば予見できるかというと、それもちょっと難しいんですけど。

そして、この人間の性質に最も向いていないのが「新卒採用終身雇用」です。会社に入ったら、後は会社に自分を合わせるか、辞めるかです。運よく「人生の目標」と「会社」が一致した人は問題ないでしょうが、そんな幸運はそんなに多くないですよね。だから、人は転職したり起業したり旅に出たり出家したりツイッター芸人になったりするわけです。これは皆さん、ご存知の通りだと思います。じゃあ「起業」はどうでしょう。

大きなお金と大量の人員を巻き込んだ起業は、方向転換がとても難しいです。「起業家は自由だ」と言う人がよくいますが、それは大体ウソです。労働者の方がよっぽど自由です。だって、いつでも辞表出せるわけですし、「どうしても布団から出られない」と言えば、会社に行かなくてすむわけです。起業家は(いや、全てを捨てる覚悟をすれば別ですけど)そういうことは出来ません。たくさんの人とお金を巻き込んだ起業には大量の「責任」がついてきます。この重圧は生半可なものではない、というのはご想像に難くないのではないでしょうか。いや、すいません苦労自慢しました。大体の人が抱えている重圧は生半可ですけれど、従業員を雇って出資を受けてお金を借りて取引先と付き合ってる以上、「やーめた」が出来るかというと、難しいわけですね。労働者は「やーめた」が出来ます。謎の理由で皆さんしないですが。

ちなみに、経営者が「やーめた」した事例は、「成人式に晴れ着が届かず、先払い金持って社長がドロン」とかですね。あれはやーめた、ではなく「生きるために逃げる」だったと思いますし、僕としては「成人式に晴れ着が届くとは限らない、債務が履行されて当たり前と思うなよ」という成人の門出のすばらしい教訓の贈り物だったと思うのですが。すいません、怒られそうなのでやめます。(でもあの世代の新成人、債務不履行を食らう可能性は減ると思う)

自由であるために、変化と成長を受け入れるために

そういうわけであなたが、「私の生涯の目標は不動のものであり、私の行動は明確に正しい」と言い切れる人(起業家には多いです、僕も言い切っていました)でない限り、「デカい起業」をするのはやめたほうがいいということです。正確に言えば、デカい起業をしても「やーめた」が出来る形を担保する技はなくはないですが、初起業の人はよっぽどスゴい人じゃないとまず無理じゃないかな、と思います。

「これは違うな、やーめた」、僕はとっても大事だと思います。今いる場所に自分がいるべきでないと思ったら逃げるべきです。しかし、往々にして「起業家」は「逃げられない場所」に自分を追い込んでしまうわけですね。僕は典型で、変にお金と人を引っ張る腕力があったので、いきなり自分をかなりデカい檻に閉じ込めてしまいました。債務の連帯保証という、引きちぎったら肉も持っていかれる鎖もついていました。

僕の起業の思い出は吐き気と「今日だけがんばって、明日ダメなら死のう」というものです。良かったことも楽しかったもあるんですが、「今日だけがんばろう、今日は起き上がれたのだから、僕はやらなきゃいけない」と思いつつ、安定剤をザラザラ飲んで仕事していました。もちろん、これは僕の努力不足と能力不足によるもので、同情に値するものじゃありません。「無能が身の丈に合わないことをやったら当然の結果が起きた」それだけのことです。

組織の不自由さから逃れようとした結果、もっと不自由になってしまった。変化も成長も目標の変更も、いやそれどころか自分の人生の未来も忘れて、目の前のトラブルを処理し、資金を繰り、人を繰る。そういう状態になったわけです。挙句、給料はマイナスです。私財をどんどん会社に入れていたので、「お金を払って働いている」状態です。笑っちゃうでしょう、こういうことになったわけですね。

人はしばしば、自由を目指して不自由になってしまう。そして、「知らない」ことはわからないし、どれだけ研究して絶対の確信を抱いた勝負も、勝てるとは限らない。ノーベル賞受賞者を大量に集めて投資させてみたら、ノーベルやらかし賞の受賞式典が行われたこともありました。勝率を上げるには、挑み、経験し、知識を蓄え、ノウハウを増やし、合理化し、変化し、成長する。それしかないと僕は思います。

それが出来る形ってどんなものだろう?良い働き方ってどんなものだろう?と僕は最近よく考えます。

たぶん、時代は変わっていっている

僕のビジネスパートナーに、色々あって王国を作り、色々あって王国が滅亡した、池袋を代表する奇人。現在は日本一胡散臭い敏腕事業家として活躍する「えらいてんちょう」を名乗る男がいます。(王国滅亡仲間です)彼は「人間はお金や安定では動かなくなってきている」という独特の雇用理論を展開しているのですが、最近商社やメガバンなど「安定・高給」の代表格だった会社の新卒人気が落ちてきているという報道があり、逆にフリーキーな雇用形態をよしとするITなどに代表される企業群の人気が上がってきているということがわかりました。

「金や安定ではなく、自分の関心や興味で色々やってみる」ということの価値に人々が気づきつつある。これは、多分経済情勢が不安定になって、国家の未来もなんかアレ・・・という空気が漂っている昨今、人々の価値観が変化しているということかなぁ、と僕は思っています。僕の「マイクロ起業」はまさに、「人は変化し、成長する」というモデルに当てはめて、「一発勝負」に負けた僕の反省から生み出されたものです。これは「働き方」のモデルの変化とも言えると思います。かつては「1度決めた目標に向かってひたすら前進する」というような「初志貫徹」モデルでしたが、今は違うのでマイクロ起業やっています。

人は失敗します。挫折します。後悔します。やらかします。でも、「取り返しがつかない」ものじゃなければ別にいいんじゃないですかね?僕は結構取り返しのつかないところまでやらかしたので、「死んでしまう」まで追い込まれましたが、「マイクロ起業」が吹っ飛んでも、別に死にゃしないでしょ、というか「あー、こっちはダメだったかいい勉強になった」と言い張れると思います。人間が死ぬ額って、大体300~400万と聞いたことがありますが、マイクロ起業はもっと小さいですからね。小さく始めたものが大きく育っていく過程であれば、「全部吹っ飛んでも死なない」という形に小細工もやりやすい。

「借金抱えても破産すればいいっしょ」とか「会社が吹っ飛んでも別にいいじゃん、従業員?投資家?知るかよ」「海外まで追ってくる債権者、どれくらいいるかな?」みたいな無敵パーソンもたまにはいますが、これはね「出来る」と思っても意外と出来ないです。こういう見栄をきっていた友人の社長は死にました。葬式もあげられませんでした。とても悲しかったです。

そんなわけで、僕もとてもダメな人間ですが少しずつ変化して成長しています。僕のマイクロ起業もどんどん変化し現在はちょっと「今、俺何個仕事してたっけ?」って感じまで複雑化してしまいました。おかげで、助手氏(ビジュアル系バンドマン、通常ビジュ氏と呼ばれる助手がいます)は大わらわです。

相変わらず、僕は失敗し、後悔し、挫折し、やらかし、謝り、頑張りますと言いながら生きています。そして、種を撒いています。そろそろ一回撒くのやめて水遣りと剪定に入りますが。これらの挑戦の多くは、きっと失敗に終わるでしょう。でも、1個が吹っ飛んでも僕は「良い知見になった」と言い張ります。それが出来る形で仕掛けています。そしていつか、大いなる実りをつかみたいと夢見ています。

働き方は、変わっていく。あなたも変わっていく。少しずつ良くなっていく

僕はカリスマでも天才でもありませんでした。どっちかというと、というか明確に発達障害を抱えたダメなおっさんです。もうね、32歳ですからね。「若者」でもない。中年です。最近は「加齢臭をブロック!」とかそういう単語に関心が出てきました。加齢臭、自分で気づけないらしいんですけど、この文章から出ていますかね?大分出てきた気がする。あと、白髪が3本くらいしつこく出てくるようになった。あれ、抜いても結局生えてくるの白髪じゃないですか。「白髪が見えない髪の分け目を考える」ほど悲しい話ないですよね。

若者の、ある種無謀な挑戦が華々しい成果を挙げる。単騎で戦場を駆け、敵陣を貫いて大将首を取る。そういう夢物語への憧れはまだあります。また、そういうことを実際にやっちゃう人というのもいて、それは本当にすごいなと思います。そういう若者、おじさん本当に格好いいと思う。でも、僕はそれにはなれなかった。色々やってみて、時々やらかして「すいません、次は上手くやります」という人生しかなかった。

そういうところに、この「マイクロ起業」はハマっています。また、最近思うのは「マイクロ起業」って概念、こんな小さく絞る必要ないな、と思うんです。「人間は変化し、成長する」このモデルに見合った働き方って結構他にもあると思うんですよね。「副業」なんかも今変化が見えてきていますし。僕も最近、他の会社の役人になったりもしていますが、これって概念として「アルバイト」なんですかね?「会社役員とフリーターの違い」というと、「フリーターは労働法規に守られるので、ちょっと上」って感じですが。

さてそんなこんなで「マイクロ起業」が増えて複雑化するとともに、なんだか僕の考え方も「起業」に留まるものではないかな、というところに至っています。僕の「マイクロ」起業については追ってまた報告いたしますが。(ちょっと長い話になるかもしれません)そんなこんなをやっています。

人間は変化し、成長する。人生の目標も変わる。それでいい。それが出来るから人間は成功を目指して歩いていけるのだ、と。道は1本のまっすぐなものじゃない、曲がりくねったり、時には川を渡ったり、堂々巡りをしたりすることもあるでしょう。でも、それでいいんじゃないかと32歳にして僕は思っています。舗装された1本道をロケットエンジンで吹っ飛ぼうとしたら大爆発したので・・・。

マイクロに、ささやかに、でも意思と未来への希望をもって。
やっていきましょう。

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この記事を書いた人

1985年、北海道生まれ。大学卒業後、大手金融機関に就職するが2年で退職。
現在は不動産営業とライター・作家業をかけ持ちする。
著書に『発達障害サバイバルガイド: 「あたりまえ」がやれない僕らがどうにか生きていくコツ47』(ダイヤモンド社)、『発達障害の僕が「食える人」に変わった すごい仕事術』(KADOKAWA)がある。

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