前の記事「ERPは経営の計器盤である」で、ERPに載るものと載らないものを分けました。載らないのは哲学の側、数字を読む心のほうだ、という話です。
ただ、書き終えてから気づいたことがあります。計器盤に載らないものが、もう一つありました。
日々のやりとりです。金額でも数量でもない。誰と何を話し、何に迷い、どう決めたか。その記録は、ERP(会計や販売の記録を一つにまとめる基幹システム)には一行も入っていません。
私の手元には、そういう記録が約9,000件ありました。一人の仕事仲間と、チャットツール(Chatwork)で交わした、五年半あまりのやりとりです。
今回はその約9,000件を、AIをきっかけに読み直した話を書きます。読み直して見えたのは、仕事の成果ではなく、自分の弱いところでした。
見たくなかった
先に、いちばん恥ずかしいことから書きます。約9,000件は、ずっとそこにありました。使えていなかった理由を問われたら、答えは一つです。見たくなかった。
内訳を、あとから機械的に数えてみました。全体の四分の三は、私の発言です。四分の一ほどは添付ファイルの通知やリンクの貼り付けで、二十字に満たない一言も二千件を超えます。読み物として整った記録ではありません。
言い分としては、量が多すぎる、検索もしにくい、整理してから使おう、といったところでしょう。
今にして思えば、量は見ない理由として都合がよかったのです。技術の制約ではなく、感情の問題でした。過去の自分が何を言い、何を先送りにしたかが、そこに全部残っている。読めば、見なくて済んでいたものを見ることになります。
貯まっていたのに、使えていなかった。その理由は、能力でも道具でもなく、見たくなかったから。ここを認めないと、この先の話は始まりませんでした。
AIが来たから、過去へ向かった
きっかけは、AIの登場です。ただし、向いた先が普通と違いました。
AIの話は、たいてい未来から入ります。何ができるようになるか、どう備えるか。
ところが、私が最初にやったのは、過去を読み返すことでした。AIの登場で、過去の軌跡から自分の方向性を確認したくなったのです。
理由はこうです。数字は現在を映します。前の記事で書いたとおり、ERPの計器盤は「今どこにいるか」を毎朝教えてくれます。しかし「どちらへ向かってきたか」は、数字からは読めません。方向は、判断の積み重ねにしか残らないからです。
判断の積み重ねは、金額や数量ではなく、やりとりの中にあります。五年半ぶんの往復を順番に追えば、自分がどちらへ歩いてきたかが線になって見えるはずでした。
図1 AIの登場で、どちらを向くか——未来へ備える前に、過去の軌跡を読み直した
見たくなかったものを、AIをきっかけに見に行った。順序で言えば、それだけのことです。
そこにあったのは、方向性の不在だった
読み返して、一番きつかったものを一つ挙げます。過去の自分の判断に、方向性が見いだせなかったことです。
一つひとつの判断が間違っていた、という話ではありません。その場その場では、それぞれに理由がありました。ただ、それを五年半ぶん並べても、線になりませんでした。判断が、方向を持っていなかったのです。
なぜか。答えは、市場でも顧客でも仕事仲間でもなく、自分の側にありました。ビジョンとミッションへのコミットが弱かったからです。掲げていなかったわけではありません。日々の判断が、掲げた言葉に縛られていなかったのです。
これも、あとから数えて確かめました。約9,000件の中で「ビジョン」という語が出てくるのは二十数件。「ミッション」は二十件に届きません。五年半で、です。
判断の軸として使っていれば、もっと頻繁に出てくるはずの言葉でした。出てこないということは、判断の場面で参照していなかったということです。件数は、私の弱さをそのまま示していました。
見たくなかったものを見に行ったら、思っていたとおりのものが出てきた。この記事の中身は、それだけです。
貯めれば資産になる、という誤解
ここからは、私がつまずいた場所を三つ書きます。「うちにもログはあるが、使えていない」という方に、同じ穴の位置を伝えるためです。
一つめは、貯めておけばいつか資産になる、という誤解です。
- 過去のやりとりは、全部残してある
- いつか整理して、活用しようと思っている
- 実際に読み返したことは、ほとんどない
貯めることと、読むことは別です。記録は、貯まった瞬間には何も語りません。読んで、自分の判断の癖を取り出したときに、はじめて教材になります。私はこの「読む」を、五年半やりませんでした。
二つめは、量が多すぎるから読めない、という誤解です。
- 件数を見ただけで、整理する気が失せる
- まず検索できる形にしてから、と考える
- その「まず」が、いつまでも終わらない
私もそう思っていました。しかし実際に手をつけてわかったのは、量は本当の理由ではなかったことです。全件を整えてから読もうとすると、永久に始まりません。方向を確かめるだけなら、順番に追うだけで足りました。
完璧を目指すより、まず回す。ここでも同じでした。
三つめは、うちにはそんなデータはない、という誤解です。
- 顧客との商談記録は、営業の頭の中にある
- 判断の理由は、会議で口頭で済ませている
- 記録といえるのは、会計の数字だけだと思っている
ないのではなく、見に行っていないだけです。メール、チャット、議事録、日報。形はばらばらでも、判断の履歴は全社に散らばっています。私の場合は、それがたまたま一つのチャットに集まっていた。それだけの違いです。
計器盤に載るものと、載らないもの。この二つを並べると、後者を見に行っていなかった理由がはっきりします。
| 観点 | 計器盤に載るもの | 計器盤に載らないもの |
|---|---|---|
| 中身 | 金額・数量・日付 | やりとり・判断の理由・迷い・詫び |
| 置き場所 | ERP(基幹システム) | チャット・メール・議事録 |
| 形 | 構造化データ(項目が決まっている) | 非構造化データ(項目が決まっていない) |
| 映すもの | 現在の位置 | これまでの方向 |
| 読むための道具 | 集計・ダッシュボード | 読み返す時間と、見る覚悟 |
| 向いている読者 | 数字を毎朝見たい経営者 | 自分の判断の癖を知りたい経営者 |
構造化データとは、金額や日付のように項目が決まっていて集計できる記録のことです。非構造化データは、文章や会話のように項目が決まっていない記録を指します。後者は集計できません。読むしかない。その手間が、見に行かない理由にもなっていました。
まとめ——計器盤の外側で、自分を点検する
- 約9,000件のログが使えていなかった理由は、量でも道具でもなく、見たくなかったから
- AIの登場で、未来へ備える前に、過去の軌跡を読み直した
- そこにあったのは、判断の方向性の不在。原因は、ビジョンとミッションへの自分のコミットの弱さだった
- 貯めるだけでは資産にならない。読んで、判断の癖を取り出してはじめて教材になる
前の記事で、計器盤の針を読む心を磨くことは人の仕事として残る、と書きました。今回わかったのは、その心を点検する材料が、計器盤の外側にあったということです。数字は、私の判断が方向を失っていたことを教えてくれませんでした。教えてくれたのは、自分が書いた約9,000件の文字でした。
稲盛和夫さんは「心を高める、経営を伸ばす」と説きました(稲盛和夫『心を高める、経営を伸ばす』)。見たくなかった過去を見に行くのは、数字の外側で自分の心を点検する作業だった、と今は受け止めています。
図2 ログが資産になるまでの四段——私が今いるのは三段目で、四段目は次の記事の主題になる
ただし、私が今いるのは、まだ三段目です。自分の方向を確かめるところまでは来ました。しかし、この記録を組織の教材にするところまでは、届いていません。約9,000件を、私ひとりの反省で終わらせず、学習する組織の資産にするにはどうするか。それは方法論の話になるので、稿を改めて書きます。
よくある質問
Q1. 業務チャットのログを読み返すことに、経営上どんな意味がありますか。
数字に残らない「判断の方向」を確かめられます。
会計や販売の数字は現在の位置を映しますが、どちらへ向かって判断してきたかは映しません。やりとりの記録には、その場の判断と理由が時系列で残っています。順番に追うと、自分の判断に軸があったかどうかが見えてきます。私の場合は、軸の不在が見えました。
Q2. 件数が多すぎて、どこから手をつければよいかわかりません。
全件を整理してから読むのではなく、まず読むことをおすすめします。
私も、量を理由に五年半手をつけませんでした。方向を確かめるだけなら、検索できる形に整える必要はありません。古いほうから順に追うだけで、判断の癖は浮かびます。整理や仕組み化は、読んで何を取り出したいかがわかってからのほうが、迷いません。
Q3. 読み返した結果は、経営にどう効きますか。
自分の判断の癖が、件数という形で手元に残ります。
私の場合は、ビジョンとミッションを判断の軸として使っていなかったことが、語の出現回数で見えました。次に迷う場面で、これを知っている自分と知らない自分は、同じではないはずです。効き目は派手ではありませんが、自分がどこで軸を外したかを知ったうえで判断できるようになります。
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