「できない」は「しない」と決めただけ——回避に気づき、優先順位をつける

「当たり前は、そのまま武器になる——世の中を見る三枚のレンズ」では、世の中を見るレンズの話を書きました。大枠で見る。分布で見る。普遍で見る。前回は、そのレンズで見ていても、学習1を積むだけでは段が上がらないという話でした。では、レンズを磨いた人は、それだけで動けるようになるのでしょうか。私は、ならないと思っています。見えているのに手をつけない、ということが、経営には山ほどあるからです。

素材はこれまでと同じ、岡本吏郎先生が2016年の秋に、ある業種の経営者の勉強会で行った約2時間の講演です。講演の柱は三つあり、最後の柱が階層ヒエラルキーでした。先生は冒頭で、ここを突けば全部が動くところがある、けれども大体そこはやらない、と予告しています。その最後の柱を、今回は訪ねます。

目次

「できない」と書いた紙に、もう一行書く

講演の終盤、先生は聴衆に短いワークを出します。まず、私は◯◯できない、という文を一行だけ書く。自転車に乗れない。パソコンができない。何でもかまいません。

書けたら、その下にもう一行書きます。さきほどの文の「できない」を「しない」に変えるだけです。私はパソコンをしない。それだけのことです。

もちろん、本当にできないことはあります。先生も、目が見えない方が目が見えないと書いたなら、そこには事実以外の何もない、と断っています。そのうえで、こう続けます。

「しかし、多くの私達ができないと言ってることはしないと決定しただけのものです。つまり変更が可能です。」

ここで先生は、できないと書いたことをやれ、と言っているのではありません。「しないと決定してることに気づいてほしいだけなんです。」と釘を刺します。そして、「それをできないって言うのやめようよという提案であります。」と言葉を継ぎます。

やらないと決めたことを、人から言われてやるようにはならない。この場で何かを始めようという話でもない。先生の提案は一点だけです。「要は自分の意思決定について意図的になりましょうって話です。」

私はこのワークを、経営の言葉に置き換えて受け取りました。値上げができない。人が採れない。新しいことをやる時間がない。しかし「しない」に置き換えると、主語が自分に戻ってきます。値上げをしない。採用に時間を割かない。新しいことに時間を使わない。そう書いた瞬間、それは他人や環境の話ではなく、自分の決定になります。決定なら、変えられます。

一行を書き換えると、主語が戻ってくる 私は◯◯できない 主語は、能力・環境・他人 変えられないものに見える =負けを認めなくてすむ 書き換える 私は◯◯をしない 主語は、自分 決定したこととして見える =変更が可能になる 目的は、やらせることではない 決めたのは自分だ、と気づくこと 本当にできないことも、もちろんある。その区別からはじめる 出典: 岡本吏郎先生の講演(2016年・マンスリーCD収録)のワークをもとに作図

図1 ワークの構造——「できない」を「しない」に書き換えると、決めたのが自分だと見えてくる

気づかないでいることに、力を使っている

ここから先が、私がこの講演でいちばん驚いた部分です。先生は、気付かないようにするにはエネルギーが必要なのだ、と言います。

避けていることに気づかないでいるためには、力がいる。しかも相当な量を使っている、というのです。先生はこれを火消しにたとえます。足元が揺らいでいない人が前に進むのに、大きな力はいりません。ところが火が出てしまえば、それを消すほうに力がいります。力がいるから、人はそちらを避ける。避けるために、また力を使う。

気づいたあと、それを解決するかどうかは、また別の選択だと先生は言います。「でも、エネルギーがいるから、これは今はやめておこうというのはありです。」順序だけが大事なのです。「まずその前に気づかないということにエネルギーを使ってることをやめましょうということですね。」

そして先生は、自分の周辺にある事例からの結論だと断ったうえで、そこから自由になっている人とそうでない人の差が、結果の差になっている、と述べます。私はこの一言を長く覚えていると思います。使われていない力が、自分の中に眠っているという話だからです。

回避は、巧妙な形をとる

先生が講演で紹介した逸話があります。

夜、電柱の灯りの下で何かを探している人がいました。巡回中の警官が声をかけると、鍵を落としたと言います。親切な警官は一緒に探しました。しかし一時間ほど探しても見つかりません。どこで落としたのかと聞くと、その人はこう答えました。落としたのはずっと向こうの暗いところだ。でも、そこには行きたくないので、ここを探している、と。

「でもそうやって避けて、鍵を落とした人は家に入れないで一生を過ごすんです。」

先生は、回避のパターンを一覧にした表も用意していました。いちいち解説する気はない、と断ったうえで、いくつかを例に挙げます。私たちがいかに回避を優先して動いているかを、確認してほしいという趣旨でした。

一つは、桧舞台です。経営が傾いた店の店主が、レジに立ちつづける。本当はほかにやるべきことが山ほどあります。それでもレジに立つ。地域の団体活動に一生懸命になる人にも、同じ形が起きることがある、と先生は言います。解決しなければならないことを見ないまま、別の舞台で忙しくしているのです。

一つは、混乱です。「混乱というのはもう本当に回避行動の典型です。」相談に来て、混乱しているんです、と訴える経営者に、先生は、何を回避しているんですか、と返すそうです。

一つは、言葉の曖昧さです。ある経営者との面談で、来年をどうするかという話が始まった途端、その人は突然まったく関係のない話題を持ち出したといいます。数字をいくつか教えてほしいと電話で聞いたときに、返ってきた答えが、トントンです、だったこともある。聞かれたことに直接答えず、別のことを答える。これは日常茶飯事で起きている、と先生は言います。

一つは、懺悔です。先生は、自分の会社は「懺悔禁止」だと言います。失敗したときにすみませんと謝ることが、これ以上責めないでほしいという合図として働くからです。だから腹の立つことがあっても怒らない。怒れば、過去のことまで一緒に出てきてしまいます。怒らないでいると、やがて当事者のほうから、怒ってください、と言ってくる。そのときに初めて防衛が外れる、というのです。

回避は、こういう形で表に出る どれも本人には、まじめに取り組んでいるように見えている 明るい場所を探す 落とした場所は暗いので 灯りの下だけを探す 桧舞台に立つ 本業の急所は見ないまま 別の舞台で忙しくする 混乱する 混乱していると言うことで 決めることを先に延ばす 曖昧に答える 聞かれたことに答えず 別のことを答える 先に謝る これ以上責めないでという 合図として働いてしまう 避けること自体が悪いのではない。避けていると気づいていないことが問題になる 出典: 岡本吏郎先生の講演(2016年・マンスリーCD収録)で挙げられた例をもとに作図

図2 回避のあらわれ方——どれも本人には、まじめに取り組んでいるように見えている

優先順位を曖昧にしておくことも、防衛

講演の終盤で、先生は避けてきたものを別の言葉に置き換えます。優先順位です。

あなたの人生の優先順位は決まっていますか、ベストテンは決まっていますか、と先生は聴衆に問いかけます。決めておいたほうがいい、と。自分は十個挙げろと言われれば十個挙げられる、と先生は言います。

「優先順位が曖昧なんです。優先順位を曖昧にしておくことも防衛なんです。」

私はこの一行に、背筋が伸びる思いがしました。優先順位を決めないでいれば、何を後回しにしたかを自分に説明せずにすみます。曖昧さは、やさしさの顔をした防衛なのです。

そこで先生は、もう一つワークを出します。私は◯◯を省いた、と書いてみること。今年自分は何を省いたか、と問いを立てるのです。そして、こう付け加えます。「それを省いたことを反省する必要ありません。反省なんか意味がありません。事実を知ることです。」

「全ては自分の選択です。」と先生は言います。そして選択をこう定義し直します。「選択って言葉を変えると、他のことに焦点当てないことです。」レンズ編で触れた英語の勉強も、同じ形でした。先生は最もやりたくなかった英語を始めるにあたり、何をやめるかを決めるのに一年をかけています。始めることを決めるとは、焦点を当てないものを決めることでもあったわけです。

講演の最後に、先生は自分の結論を語ります。世界の悩みは、トレードオフの問題でしかない、と。相談に来た人が計画を持ってきたとき、先生は、儲けたいのか、と尋ねました。本人は儲けたいと答えます。しかし先生の目には、その計画は楽をしたいと書いてあるように映った。だから、どちらかを選んでください、と伝えます。税金を払わない相続がしたい、という相談にも、同じ答えを返しました。「どっちかしか成立しないんです。」

だからごちゃごちゃにするのはやめよう、と先生は言います。「ちゃんと優先順位つけようよって話であります。」

曖昧にしておくか、順位をつけるか 曖昧にしておく 両方ほしい、と言い続ける 後回しの理由を 自分に説明しなくてすむ 結果が出ないと ついていなかったと言える =これも防衛 順位をつける どちらか一方を選ぶ 選ぶとは、他のことに 焦点を当てないこと 省いたものを反省せず 事実として数え直す =意図的な決定 悩みの多くは、トレードオフ どちらか一方しか成立しない 出典: 岡本吏郎先生の講演(2016年・マンスリーCD収録)の内容をもとに作図

図3 曖昧さと順位——どちらか一方しか成立しない場面で、曖昧さは防衛として働く

まとめ——避けてもいい。気づいていないことが問題になる

この講演で先生が何度も言うのは、責めることではありません。

「避けることが悪いんじゃない。何度も言いますが、避けてることに気づいてほしいです。」

避けたままでもいい。今は手をつけないという選択もある。ただ、避けていることに気づかないままだと、その一点に力を吸われつづけます。そして結果が出なかったとき、自分はついていなかった、と言うことになります。

私が受け取ったのは、次の三つでした。「できない」を「しない」に書き換えると、決めたのが自分だと見えてくること。気づかないでいることに、すでに力を使っていること。優先順位を曖昧にしておくことも、防衛の一つだということ。どれも、今日から紙一枚でできます。

そして、ここで浮いた力をどこに向けるかが、次の問いになります。稲盛和夫の「心を高める、経営を伸ばす」という言葉を、私はこの文脈でも読みます。気づかないために使っていた力を、心を高めるほうへ向け直す。経営が伸びるのは、そのあとの話です。

では、向け直した力を、何に染めないでおくか。次は、古典を読んだ回へ進みます。染まらないこと、淡くあること。東洋の古典が、欲との距離の取り方をどう説いたかを訪ねます。

よくある質問

Q1. 「できない」を「しない」に書き換えると、何が変わるのですか?

主語が自分に戻ります。できないという言い方は、能力や環境の問題のように聞こえますが、しないと書くと自分の決定になります。決定であれば変えられる、というのが岡本先生の指摘です。目的は無理にやらせることではなく、決めたのが自分だと気づくことにあります。

Q2. 回避に気づいたら、すぐに解決しなければいけませんか?

いいえ。気づいたあとに解決するかどうかは、別の選択だと先生は言います。力がいるから今はやめておく、という判断もありです。順序として大切なのは、気づかないでいるために力を使うのをやめることのほうです。

Q3. 人生の優先順位は、どうやって決めればいいのですか?

まず、今年自分が何を省いたかを書き出すことをすすめています。省いたことを反省する必要はなく、事実として知ることが目的です。そのうえで順位をつけます。多くの悩みはトレードオフであり、どちらか一方しか成立しないためです。

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この記事を書いた人

Takuomi Mochidaのアバター Takuomi Mochida 株式会社ベンチャーネット代表取締役

株式会社ベンチャーネット 代表取締役
2005年に株式会社ベンチャーネットを設立後、SEOをはじめとするデジタルマーケティング領域のコンサルティングサービスを展開
広告・SNS・ウェブ・MA・SFAと一気通貫で支援を行っています
著書に『普通のサラリーマンでもすごいチームと始められる レバレッジ起業 「バーチャル社員」があなたを救う』(KADOKAWA、2020年)

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