キーマンが辞めても会社が止まらない仕組み|「従業員退職型」倒産が過去最多ペースの今、経営者が備えるべきこと

「あの人が辞めたら、うちは回らない」。

心当たりのある経営者の方は、少なくないはずです。そしてこの感覚は、気のせいではありません。実際に、従業員の退職をきっかけに事業が立ち行かなくなる企業が増えています。

ただし、この記事でお伝えしたいのは「だから退職を防ぎましょう」という話ではありません。人は辞めるものです。それを前提に、辞めても会社が止まらない状態をどう作るか。NetSuite認定パートナー(Solution Provider)であるベンチャーネットは、そこにこそ経営の備えが必要だと考えています。

この記事で分かること(読了 約7分)

  • 「従業員退職型」倒産の最新データと、特に多い業種
  • 一人が辞めると、労働力以外に何が失われるのか
  • 「人材版BCP」という備え方の考え方
  • 何が社内に残っていれば、会社は止まらないのか
目次

データで見る|「従業員退職型」倒産が過去最多ペース

まず、現状を数字で確認します。

帝国データバンクの調査によると、2026年1月から7月の「従業員退職型」倒産は83件でした。従業員や経営幹部の退職が、直接または間接の要因となった倒産です。

前年同期の74件から約12.2%増え、2022年以降5年連続の増加となりました。このペースが続けば、単年で過去最多を更新する見込みです(出典:帝国データバンク「従業員退職型の倒産動向(2026年1-7月)」2026年8月7日公表)。

業種別に見ると、傾向がはっきり出ています。

  • サービス業:22件(全体の26.5%)
  • 建設業:20件
  • 運輸・通信業:12件

いずれも、特定の人の技能や経験、資格に事業が支えられている業種です。なお、この集計の対象は負債1,000万円以上の法的整理に限られます。倒産に至る前の事業縮小や受注停止まで含めれば、影響を受けている企業はさらに多いと考えられます。

一人が辞めると、失われるのは労働力だけではない

なぜ、一人の退職が事業の継続を左右するのでしょうか。

規模の大きくない会社では、多くのものが一人に集まりがちです。顧客との関係、見積もりの勘どころ、機械の直し方、例外的なケースの判断基準、資格、そして各種システムの権限。

その人が辞めると、一人分の労働力が減るのではありません。売上、納期、品質、そして信用が、同時に揺らぎます。

ここで難しいのは、このリスクが数字に表れないことです。決算書には現金や借入は載りますが、「この担当者が辞めたら売上の3割が止まる」という集中リスクは、どこにも記載されません。退職届が出た瞬間に、初めて表面化します。

見えないリスクは、備えようがありません。だからまず、見えるようにする必要があります。

「人材版BCP」という備え方

ここで参考になるのが、BCP(事業継続計画)の考え方です。

BCPは、地震や水害をゼロにしようとする計画ではありません。災害は起きるという前提に立ち、それでも事業を止めない、あるいは早く復旧するための備えです。

同じ発想を、人に当てはめます。退職をゼロにするのではなく、誰かが辞めても顧客への提供を止めない。これが人材版BCPの考え方です。

備えの有無で、退職の翌日から起きることは大きく変わります。

場面備えがある会社備えがない会社
顧客への対応履歴を見て、別の担当者が引き継げる経緯が分からず、顧客に聞き直すことになる
見積もり過去の条件と根拠がデータで残っている勘どころが失われ、値決めができない
進行中の案件進捗と残作業が可視化されている何がどこまで進んだのか、たどれない
システムの権限役割ごとに設定され、付け替えられる個人のIDに紐づき、業務が止まる
復旧までの時間数日で通常運転に戻る数か月、あるいは戻らない

右側が悪いという話ではありません。人が少ない会社ほど、こうなるのが自然です。だからこそ、意識して備える価値があります。

何が残っていれば、会社は止まらないのか

では、具体的に何を残せばよいのでしょうか。ベンチャーネットは、次の5つだと考えています。

  1. 顧客との取引履歴:いつ、何を、いくらで、どんな条件で取引したか
  2. 見積もりの根拠:なぜその価格になったのか。原価と利益の内訳
  3. 進行中の案件の状態:どこまで進み、次に何をすべきか
  4. 在庫と原価の現在地:現物と数字が一致しているか
  5. 権限の設計:誰がどこまで見て、操作できるか

共通しているのは、いずれも人の頭の中ではなく、システムに残せるという点です。個人のExcelやメールボックスの中ではなく、会社として参照できる場所に置くこと。それが備えの実体です。

ただし、置き場所がバラバラでは意味が薄れます。顧客管理はAツール、在庫はExcel、原価は担当者の手元。これでは引き継ぐ側が、まず「どこに何があるか」から探すことになります。

ベンチャーネットがクラウドERP「NetSuite」を軸に置いているのは、この5つが一つの場所につながるためです。ERPとは、会社全体の業務データを統合するシステムを指します。商談から受注、在庫、請求、入金までが一本の履歴としてつながっていれば、後任は経緯をたどれます。「なぜこの価格になったか」を、前任者に聞かずに追えるかどうか。ここが、引き継ぎの成否を分けます。

権限についても同じです。個人のIDに業務が紐づくのではなく、役割ごとに設定しておけば、担当者の交代時に付け替えるだけで済みます。この考え方は〈NetSuiteの権限・ロール設計〉で解説しています。

つまずく3つのパターンと回避策

備えようとして、うまくいかない型があります。責めるためではなく、避けていただくために整理します。

パターン1:採用だけで解決しようとする

よくある現象

  • 辞めると分かってから、あわてて求人を出す
  • 応募が集まらず、募集条件を上げ続ける
  • 採用できても、戦力化までに時間がかかる

なぜ起こるのか

退職を「人が減る問題」と捉えているためです。しかし実際に失われるのは、その人が持っていた情報と判断です。後任が入っても、引き継ぐ中身がなければ、同じ状態に戻るまでに長い時間がかかります。

どう回避するか

採用と並行して、引き継げる形を作っておくことです。ベンチャーネットは、「その人が辞めたとき、何が引き継げないか」を洗い出すところからご一緒します。採用の前に、引き継ぎ先を用意しておく考え方です。

パターン2:辞める直前にマニュアルを作らせる

よくある現象

  • 退職の申し出を受けてから、引き継ぎ資料の作成を依頼する
  • 分厚い資料ができるが、実際には使われない
  • 資料に書かれていない例外対応で、後任がつまずく

なぜ起こるのか

判断の理由は、後から思い出して書くのが難しいためです。「なぜその値段にしたか」「なぜあの顧客だけ例外扱いか」。こうした背景は、その場では自明でも、後で言語化するのは困難です。

どう回避するか

日々の業務の中に、記録が残る仕組みを埋め込むことです。特別な作業を増やすのではなく、通常の入力がそのまま履歴になる状態を作ります。退職時に慌てて集めるのではなく、普段から溜まっている形が理想です。

パターン3:「うちは大丈夫」と点検しない

よくある現象

  • 誰にどれだけ依存しているか、把握していない
  • ベテランが長く在籍しているため、危機感が薄い
  • 実際に辞めると言われて、初めて深刻さに気づく

なぜ起こるのか

うまく回っている間は、集中リスクが見えないためです。むしろ優秀な人がいる会社ほど、その人に業務が集まり、リスクは静かに大きくなります。

どう回避するか

一度、書き出してみることです。細かい分析は要りません。「この業務は誰しかできないか」を一覧にするだけで、優先順位は見えてきます。完璧を目指すより、まず回す。書き出したうちの一つから手をつければ十分です。

経営者が今できること

最初の一歩として、ベンチャーネットがおすすめしているのは「一人依存マップ」を書き出すことです。

紙一枚で構いません。主要な業務を縦に並べ、それぞれについて「担当できる人は何人いるか」を書きます。1人しかいない行が、いまの弱点です。

そのうえで、その業務に関わる情報が、どこにあるかを確認します。本人の頭の中か、個人のExcelか、会社のシステムか。頭の中と個人ファイルが多いほど、備えの余地があります。

属人化そのものをどう解消していくかについては、〈『業務属人化』がDXを止める──標準化・ERP導入で乗り越える業務改革の実務〉で詳しく解説しています。人を増やさずに成長する戦略は〈スマートシュリンク経営〉をご覧ください。

よくある質問(FAQ)

Q1. 中小企業で属人化を避けるのは、現実的に無理では?

完全になくすのは難しいと考えています。人数が限られる以上、一人が幅広く担うのは自然なことです。

目指すのは、属人化ゼロではありません。「その人がいないと分からない情報」を減らしていくことです。担当は一人でも、情報が会社に残っていれば、事業は続けられます。

Q2. システムを入れれば解決しますか?

システムだけでは解決しません。何を記録するかを決めるのは、人だからです。

ただし、記録が残る仕組みがなければ、決めたことも続きません。日々の業務がそのまま履歴になる状態を作るうえで、基幹システムは有力な手段になります。

Q3. 何から始めればよいですか?

先ほどの「一人依存マップ」からです。全業務を対象にする必要はありません。

売上への影響が大きい業務から3つほど選び、担当できる人数と、情報の在りかを書き出してください。それだけで、次に手をつけるべき場所が見えてきます。

Q4. ベテランの経験や勘は、結局残せないのでは?

すべては残せません。ただし、思っているより多くを残せます。

「この顧客にはこの条件」「この作業は先にこちらから」。こうした判断は、取引履歴や作業記録として蓄積できます。勘そのものは移せなくても、勘が働いた結果は残せます。後任は、そこから学び直せます。

まとめ|辞めない会社より、止まらない会社へ

人が辞めることは、防ぎきれません。採用が難しい状況も、当面は続くと見られます。

そのうえで問われるのは、辞めた翌日に何が残っているかです。顧客との履歴、見積もりの根拠、案件の進み具合、在庫と原価、そして権限。これらが会社の側に残っていれば、事業は続きます。

強い会社とは、誰も辞めない会社ではありません。人が出入りしても、知識と信用が残り続ける会社です。

自社のどこに依存が集中しているのか、何から手をつけるべきか。整理の壁打ちからでも構いません。お気軽にご相談ください。

もう少し詳しく知りたい方へ

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

持田 卓臣のアバター 持田 卓臣 株式会社ベンチャーネット代表取締役

持田 卓臣(もちだ たくおみ)
株式会社ベンチャーネット 代表取締役

ヒューレット・パッカード社でITコンサルタントとして従事した後、2005年に株式会社ベンチャーネットを設立。
Oracle NetSuite Solution Provider Partner として、中堅・中小企業向けクラウドERP「NetSuite」の導入・運用支援を提供しています。
SEO・広告・SNS・ウェブ・MA・SFAと一気通貫で培ってきたデジタルマーケティング領域の業務知見を活かし、NetSuiteを軸とした経営DXを支援しています。
著書:『普通のサラリーマンでもすごいチームと始められる レバレッジ起業「バーチャル社員」があなたを救う』(KADOKAWA、2020年)

目次