決算を締めた翌週、経理部長がもう一度Excelを開く。
国内向けに締めた日本基準の数字を、親会社向けのIFRSに組み替えるためです。
海外子会社を持つ会社や、IFRSの適用を進める会社で、よく見る場面です。
マルチブック会計とは、1つの取引から、複数の会計基準の帳簿を並行して持つNetSuiteの機能です。
同じ取引を日本基準とIFRSの両方で記録し、基準ごとの財務諸表を出せます。
方式は、IFRSの数字が「いつ・どこまで」要るかで決まります。
毎月の並行報告が要るならFull Multi-Book、期末の差だけでよければAdjustment-Only Booksが候補です。
では、自社はどちらに当たり、導入の費用と体制はどう変わるのか。
この記事で分かること
- 二重報告を手作業で続けると、どこで無理が出るか
- Full Multi-BookとAdjustment-Only Booksの違いと選び方
- 帳簿設計から帳簿別レポートまでの4つのステップ
- 方式によって、導入の費用と体制がどう変わるか
- 向いている会社・向いていない会社と、よくある3つの失敗
なぜ「二重報告」が必要になるのか
二重報告とは、1つの取引を複数の会計基準で記録し、基準ごとの財務諸表を作ることです。
IFRS(国際財務報告基準)は、多くの国で使われる会計基準です。
日本基準(J-GAAP)は、日本の会計基準を指します。
複数の基準が同時に要る場面
- 海外子会社が、現地ではIFRSで報告している
- 日本の親会社向けには、日本基準の数字が要る
- 親会社やグローバル本社がIFRSを採用している
IFRSと日本基準では、収益認識の時期、リース、のれんの扱いなどに差があります。
同じ取引でも、基準が違えば金額や計上の時期が変わります。
収益認識の差の扱いは、収益認識×マルチブックで扱っています。
「Excelで二重管理」の限界
最初は、多くの会社が表計算で差を吸収します。
基準ごとにシートを分け、期末に手で調整する方法です。
- 転記や計算のミスが起き、見つかるのも遅い
- 担当者が替わると、調整の理屈が分からなくなる
- 監査で「なぜこの数字か」の根拠を示しにくい
- 取引が増えるほど、決算が長くなる
子会社や取引が増えるほど、手作業のリスクは静かに大きくなります。
NetSuiteのマルチブック会計の仕組み
NetSuiteでは、取引を1回入力すると、設定したルールに従って関係する帳簿に記帳されます。
日本基準の帳簿とIFRSの帳簿に、同じ取引が別のルールで反映される仕組みです。
- プライマリブック:基準となる主の帳簿。子会社ごとに必ず1冊あり、無効にできない
- セカンダリブック:プライマリとは別の基準で並行して持つ帳簿
- 調整仕訳:基準の差を埋めるため、片方の帳簿だけに計上する仕訳
第1章のExcelでの二重管理と比べると、次のようになります。
Oracleのヘルプでは、マルチブック会計は1つの取引から複数の会計記録を持つ仕組みと説明されています。
手入力の仕訳(グループ会社間の仕訳を含む)も、帳簿ごとに計上できます。
(出典:Oracle NetSuiteヘルプ、2026年9月確認)
機能の全体は、NetSuiteマルチブック会計完全ガイドで解説しています。
前提はNetSuite OneWorld
マルチブック会計は、NetSuite OneWorldでだけ使えます。
OneWorldは、複数の子会社・多通貨・多言語を1つのシステムで管理するNetSuiteの仕組みです。
Adjustment-Only Booksも、同じくOneWorldが前提です(出典:Oracle NetSuiteヘルプ、2026年9月確認)。
OneWorldの全体像は、NetSuiteのグローバル展開機能で解説しています。
見落としやすい点|標準では連結はプライマリだけ
Oracleのヘルプでは、標準の連結はプライマリブックだけが対象です。
(出典:Oracle NetSuiteヘルプ、2026年9月確認)
グループの連結をどの基準で行うかは、帳簿設計の最初に決める論点です。
連結の進め方は、グループ連結決算をNetSuiteで効率化で扱っています。
2つの方式|Full Multi-BookとAdjustment-Only Books
Full Multi-Book Accountingは、取引のたびに、すべての帳簿へ並行して記帳する方式です。
Adjustment-Only Books(調整専用帳簿)は、元の帳簿のデータを複製せず、調整仕訳だけを上乗せする方式です。
| 比較の軸 | Full Multi-Book | Adjustment-Only Books |
|---|---|---|
| 帳簿の持ち方 | 取引ごとに全帳簿へ並行記帳 | 元の帳簿の上に調整仕訳だけを載せる |
| 調整の時期 | 日々の取引から基準ごとに記帳 | 決算時に帳簿別の調整を計上 |
| 帳簿数の上限 | 有効な帳簿は最大5冊(プライマリ含む) | 帳簿数の上限に数えない |
| 通貨 | 帳簿ごとに通貨を変えられる | ベースの帳簿と同じ通貨が必須 |
| 有効にする人 | Professional Servicesまたは認定パートナーの実装が必須 | OneWorldなら管理者が有効化できる |
| 向く場面 | 基準差が大きく、毎月の並行報告が要る | 期末の差の調整、限定的な基準差 |
出典:Oracle NetSuiteヘルプ(マルチブック会計の概要・計画・帳簿の追加・Adjustment-Only Books)、2026年9月確認
どちらを選ぶか
日々の取引から、両方の基準の最新の帳簿が要るならFull Multi-Bookです。
プライマリを軸に、期末の差を調整すれば足りるなら、Adjustment-Only Booksで足りる場合があります。
両方を組み合わせる構成もあります。
主要な2つの基準はFull Multi-Bookで持ち、税務などの調整はAdjustment-Only Booksで吸収する形です。
調整専用帳簿のベースには、プライマリか通常のセカンダリを選べます(出典:Oracle NetSuiteヘルプ、2026年9月確認)。
図のとおり、最初の分かれ目は数字を使う頻度です。
期末だけで足りるなら、基準差の項目の多さで決めます。
二重報告を実現する4つのステップ
ステップ1:帳簿の構成を設計する
どの基準をプライマリにし、どれをセカンダリ(または調整専用)にするかを決めます。
日本の親会社が軸なら、日本基準をプライマリ、IFRSをセカンダリにするのが一般的です。
グローバル本社がIFRSを軸にする場合は、IFRSをプライマリに置くこともあります。
ステップ2:勘定科目を対応づける
帳簿ごとに、別の勘定科目へ記帳するよう設定できます。
指定しなければ、セカンダリはプライマリと同じ勘定科目を使います。
基準の差で科目を分けたい部分だけ、対応づけ(マッピング)を設定します。
ステップ3:基準の差を調整仕訳で埋める
片方の基準でだけ要る調整を、特定の帳簿だけに計上します。
他の帳簿には影響しません。
ステップ4:帳簿別にレポートを出す
レポートの対象の帳簿を切り替えると、基準ごとの試算表や財務諸表を出せます。
Excelへの転記がなくなり、監査の根拠もたどりやすくなります。
二重報告の4つのやり方を比べる
| やり方 | 中身 | 向く会社 | 注意点 |
|---|---|---|---|
| A. Excelで組み替え | 期末に表計算で差を調整 | 基準差が小さく、子会社が少ない | 属人化し、根拠が残りにくい |
| B. Adjustment-Only Books | 元の帳簿に期末の調整だけ載せる | 期末の差の調整で足りる | 通貨はベースと同じ |
| C. Full Multi-Book | 取引ごとに全帳簿へ記帳 | 毎月の並行報告が要る | 実装に認定パートナー等が必須 |
| D. 別のシステムで連結・組替 | 各社の数字を連結専用の仕組みで組み替える | 各社のERPがばらばら | 仕組みの間の受け渡しが増える |
Cのように基準別の数字が1か所にそろうと、「基準の差が大きい勘定を毎月洗い出す」点検をAIに任せやすくなります。
Aのように数字がExcelに散らばると、その前にデータを集める作業が要ります。
日本企業ならではの論点
日本の制度への対応|Japan Localization SuiteApp
NetSuiteは、日本基準やIFRSなど、複数の規制要件に沿った明細を作れます。
ただし、次の2つにはJapan Localization SuiteApp(JLS)の追加が前提です。
インボイス制度の消費税計算と、電子帳簿保存法の電子取引データの保存です。
中身は、NetSuite Japan Localization SuiteAppとはにまとめています。
会計処理の方式の違い
日本では、仕入・売上・繰越商品で管理する「三分法」の会社が多くあります。
NetSuiteで原価をいつ、どう計上するかは、いまの処理と同じとは限りません。
良し悪しではなく、いまの処理とNetSuiteの考え方が合うかの問題です。
詳しくはNetSuiteで財務会計を行う前に確認すべき3つのことをご覧ください。
3段で考える|使える・補える・待つ
- (a) いま日本で使えること:マルチブック会計・Adjustment-Only Booksは、国による制限の記載はヘルプに見当たりませんでした。利用の可否はアカウントの担当に確認してください
- (b) 開発で補えること:帳簿別レポートの様式や、他システムとの受け渡しは、開発(NetSuiteリブート)で補える場合があります
- (c) 順次提供されること:機能は更新で変わります。導入前に最新のヘルプで確かめます
判断の物差し|向いている会社・向いていない会社
マルチブック会計が向いている会社
- IFRSと日本基準の両方の数字が、毎月または四半期ごとに要る
- 海外子会社があり、OneWorldで各社をまとめたい
- 基準の組み替えが、特定の人のExcelに頼っている
- 監査で、基準差の根拠を説明する負担が大きい
向いていない会社・急がなくてよい会社
- IFRSの数字が年1回で、差の項目も少ない(Excelか調整専用帳簿で足りることが多い)
- 子会社がなく、OneWorldを使う予定もない
- 日本の制度対応や会計処理の整理が、まだ終わっていない
各社が別々のERPを使い続けるなら、連結専用の仕組みで組み替える方が早いことがあります。
本社の基幹システムを残し、子会社だけをNetSuiteにする2層ERPも選択肢です。
IFRSの適用時期が決まっていないなら、「いまは入れない」も立派な判断です。
費用と体制|方式で見積もりが変わる
これから選ぶ会社
NetSuiteのライセンスは、ミニマム構成で月額20万円〜が出発点です。
モジュール・ユーザー数・オプションで変わり、数百万円規模になることもあります。
マルチブック会計はOneWorldが前提なので、その構成で見積もることになります。
導入費は、さらに幅があります。
ベンチャーネットが支援したNetSuite導入の費用では、3名程度で購買・販売だけの事例が150万円程度・1.5か月でした。
100名程度で購買・販売・在庫・会計に外部システム連携を含めた事例は、2億円程度(うち開発約7割)・1.5年です。
差を生む要因は、機能範囲・開発(特に外部システム連携)・社内の体制・ユーザー数の4つです。
二重報告は、1つ目の「機能範囲」を広げ、帳簿の設計と検証の工数を足します。
4事例の詳細は、「NetSuiteの料金」で扱っています。
体制は、方式で変わります。
Full Multi-Bookは、Professional Servicesか認定パートナーの実装が前提です。
見積もりの段階で、誰がどこまで担うかを分けておきます。
ベンチャーネットの場合、ライセンス・トレーニング・製品サポートは日本オラクルが担います。
要件定義・設定・カスタマイズ・アドオン開発・保守・PMは、ベンチャーネットの担当です。
いまNetSuiteを使っていて、見直しを考えている会社
- まず、Excelの組み替えをAdjustment-Only Booksに移せないかを見る
- 帳簿を後から足す場合は、既存データの扱いを設計してから進める
- 導入パートナーの支援が止まっているなら、保守・伴走の相手を見直す時期
導入の進め方と注意点は、NetSuiteマルチブック導入の進め方で扱っています。
よくある3つの失敗
失敗1:帳簿の構成を後回しにする
起きること:日本基準で動かし始め、IFRSの帳簿を後で足そうとして、大きな手戻りになる。
原因:帳簿の構成は、すべての土台です。後からプライマリを変えるような変更は難しくなります。
避け方:いま全部を動かさなくても、将来要る基準を最初の設計で洗い出しておきます。
失敗2:方式と体制の違いを知らずに計画する
起きること:実装の途中で、想定と違う体制や費用が要ると分かる。
原因:Full Multi-Bookは認定パートナー等の実装が前提で、社内だけでは有効にできません。
避け方:「リアルタイムの並行報告」と「期末の差の調整」のどちらが要るかを、最初に決めます。
失敗3:すべての基準を一度に立ち上げ、稼働後に放っておく
起きること:設定・検証・教育が同時に走って現場が混乱し、稼働後は使われなくなる。
原因:二重報告は、決算を回しながら合わせていく仕組みです。最初の決算で初めて見える課題もあります。
避け方:主要な基準から始め、段階的に広げます。最初の数回の決算は、旧来の数字と突き合わせる工程を計画に入れます。
ベンチャーネットならこう見る|使う人→差の一覧→方式
二重報告は、システムの設定と会計の判断が交わる領域です。
設定に強い導入会社、税務に強い税理士、日常業務を回す経理。
それぞれの間に、誰も決めない部分が生まれがちです。
NetSuite認定パートナー(Solution Provider)であるベンチャーネットは、方式の話から入りません。
先に、次の3つを決めます。
- IFRSの数字は誰がいつ何に使うか:親会社への報告か、開示か、経営判断か
- 基準の差はどの勘定にどれくらいあるか:差が大きい項目から洗い出す
- 連結はどの基準で行うか:標準では連結はプライマリだけ
この3つが決まれば、方式はほぼ自動的に決まります。
第3章の図は、この順番を絵にしたものです。
変わることは、見積もりの前に伝える
帳簿を分けると、締め処理の考え方も変わります。
三分法から移る会社では、原価の計上の流れが変わります。
OneWorldの構成になれば、ライセンス費用がいまより上がることもあります。
ベンチャーネットは、こうした点を見積もりの前にお伝えします。
「マルチブックはまだ要らない」とお伝えすることもあります。
契約は、請負契約に対応しています(準委任も相談可)。
常駐はせず、リモートの国内チームで進めます。
今日できること|基準差の一覧をつくる(1時間)
前期の決算で、日本基準とIFRSで数字が違った項目を書き出してみてください。
| 項目 | 差の金額 | 差が出る理由 | いま誰がどこで調整しているか |
|---|---|---|---|
| (例)リース | ○○万円 | 基準で扱いが違う | 経理担当がExcelで期末に |
行が少なく、期末だけの調整なら、Adjustment-Only Booksで足りる可能性があります。
行が多く、毎月の数字が要るなら、Full Multi-Bookを検討する価値があります。
よくある質問
Q1. Full Multi-BookとAdjustment-Only Books、どちらを選ぶべきですか
毎月の並行報告が要るならFull Multi-Bookです。
期末の差の調整で足りるなら、Adjustment-Only Booksで足りる場合があります。
両方を組み合わせる構成もあります(第3章)。
Q2. NetSuiteで日本基準とIFRSを同時に出せますか
出せます。
帳簿を分けて持てば、レポートの対象の帳簿を切り替えて、基準ごとの財務諸表を出せます。
日本の制度対応には、Japan Localization SuiteAppの追加が前提です(第6章)。
Q3. OneWorld以外でも使えますか
使えません。
マルチブック会計は、Adjustment-Only Booksを含めてNetSuite OneWorldが前提です(第2章)。
Q4. 帳簿は何冊まで持てますか
Full Multi-Bookの有効な帳簿はプライマリを含めて最大5冊です。
Adjustment-Only Booksは、この上限に数えません(出典:Oracle NetSuiteヘルプ、2026年9月確認)。
Q5. 連結は、どの帳簿で行えますか
標準ではプライマリブックです。
IFRSで連結したいのか、日本基準で連結したいのかを、帳簿設計の最初に決めます(第2章2-2)。
Q6. 費用と体制はどのくらい要りますか
方式と業務の範囲で変わります。
Adjustment-Only Booksは管理者が有効化できます。
Full Multi-BookはProfessional Servicesか認定パートナーの実装が前提です。
導入費は、機能範囲・開発・社内の体制・ユーザー数の4つで動きます(第8章)。
まとめ
- 二重報告は、子会社や取引が増えるほど手作業では回らなくなる
- 方式は、毎月の並行報告ならFull Multi-Book、期末の調整ならAdjustment-Only Books
- 前提はOneWorld。Full Multi-Bookは最大5冊で、実装に認定パートナー等が要る
- 標準では連結はプライマリブックだけ。連結の基準を先に決める
- 方式を選ぶ前に、使う人・差の一覧・連結の基準の3つを決める
- 導入費は4つの要因で動き、二重報告は機能範囲と検証の工数を広げる
決算のあとにExcelを開き直す作業は、差の一覧を作れば、どの方式で置き換えられるかが見えてきます。
まず、前期の基準差を1枚の表にするところから始めてください。
もう少し詳しく知りたい方へ
二重報告の方式は、基準差の大きさと、数字を使う頻度で変わります。
帳簿設計の見極めから、ご相談をお受けしています。
