売上は伸びているのに、なぜ手元の現金が足りないのか
売上は順調に伸びている。決算書も黒字になっている。それなのに、なぜか手元の現金はいつもギリギリ。こうした感覚に覚えのある経営者は、決して少なくありません。
倉庫をのぞくと、箱が天井近くまで積み上がっている。「売れているはずなのに、お金が残らない」。この違和感の正体は、多くの場合「在庫」にあります。
在庫管理は、つい「守りの庶務」として現場任せにされがちです。けれど実際には、会社の現金と利益を左右する、経営の中核にある活動です。
ベンチャーネットも中小企業の経営を支援するなかで、この「黒字なのに苦しい」という場面に何度も立ち会ってきました。本記事では、その鍵となる在庫日数を圧縮する打ち手を、ツールの話に入る前に、経営の視点から整理します。
なぜ在庫が、現金を食べてしまうのか
在庫とは、姿を変えた現金です。仕入れや製造に使ったお金は、その商品が売れるまで「物」のかたちで固定されます。
現金は在庫の姿でいったん止まり、売れて初めて現金に戻ります。その「止まっている日数」が在庫日数です。
会計の上では、在庫は「資産」に分類されます。けれど、売れるまでは一円も現金にはなりません。「在庫を持ちすぎて、資金が寝ている」状態が続くと、利益が出ていても資金繰りは苦しくなります。
これが、黒字倒産と呼ばれる現象の構造です。売上が伸びているからと安心して、作りすぎ・仕入れすぎが続くと、現金が次々と在庫に変わり、手元から消えていきます。原材料費やエネルギー価格が上がっている局面では、このリスクはさらに大きくなります。
逆に、在庫が足りなければ売る機会そのものを失います。過剰でも欠品でも損をする——在庫は、この二つの間の細い道を通す活動なのです。
さらに厄介な「正しい数がわからない」問題
多くの会社で、もう一段やっかいな問題が起きています。「そもそも、正しい在庫数がわからない」という状態です。
- 帳簿の数字と、実際の在庫が合っていない(棚卸差異)
- 同じものを二重に発注してしまう
- 担当者しか在庫の所在を把握していない(属人化)
- 古いものから使う運用が徹底されず、期限切れや不良が混じる
数字の土台が揺らいでいると、その上で下す経営判断も揺らぎます。原価や利益率さえ正確につかめなくなり、誤った判断がさらに在庫を歪める悪循環に陥ります。
在庫は、ただ減らせばよいコストではありません。まず「構造として理解する」対象なのです。
在庫は、会社のどこに効いているのか
在庫管理の目的は、大きく3つに整理できます。減らすこと自体が目的ではない、と押さえておくことが大切です。
- 供給の安定:必要なものを、必要なときに届けられる状態を保つ(欠品による機会損失を防ぐ)
- キャッシュフローの最適化:眠っている現金を減らし、保管コストや陳腐化のリスクも抑える
- 経営判断の高度化:正確な在庫情報を土台に、利益率や資金繰りを的確に読む
そして在庫は、会社の業務全体の結節点にあります。
- 受注系の流れ:注文 → 在庫確認 → 納期回答 → 引き当て → 出荷 → 請求・回収
- 補充系の流れ:販売計画 → 需要予測 → 補充計算 → 発注 → 入荷・検品
この二つの流れが交わる場所が、在庫です。だからこそ、在庫を整えることは、販売から資金回収までの一連の流れ全体を整えることにつながります。
在庫日数を圧縮する、3つの打ち手
打ち手1:在庫日数という「計器」を持つ
在庫日数とは、いま抱えている在庫が、何日分の売上に相当するかを示す数字です(在庫月数という単位で語られることもありますが、考え方は同じです)。
ざっくりとは、次のように計算します。
- 在庫日数 = 在庫金額 ÷ 1日あたりの売上原価(売上原価 ÷ 365)
在庫を見る指標は、目的に応じていくつかあります。代表的なものを整理します。
| 指標 | 何を見るか | ざっくりの計算 |
|---|---|---|
| 在庫日数 | 在庫が何日分の売上に当たるか(短いほど効率的) | 在庫金額 ÷ 1日あたり売上原価 |
| 在庫回転率 | 1年で在庫が何回入れ替わるか(高いほど効率的) | 売上原価 ÷ 平均在庫 |
| 在庫月数 | 在庫日数を月に換算した見方 | 在庫日数 ÷ 30 の目安 |
| CCC(資金化までの日数) | 仕入の支払いから売上の入金までに何日かかるか | 在庫日数+売上債権日数−仕入債務日数 |
※CCC(キャッシュ・コンバージョン・サイクル)は、お金が在庫や売掛金として寝てから戻ってくるまでの期間を測る指標です。
この計器でいちばん大事な使い方は、推移を見ることです。売上と在庫が逆の方向に動きはじめたら危険信号——売上が減っているのに在庫が増えている、という一行に気づけるかどうかが、資金繰りの分かれ目になります。
在庫の適正な水準は、業種によって大きく異なります。たとえば中小企業庁の「中小企業実態基本調査」(最新は令和7年速報=令和6年度決算実績)では、業種別の棚卸資産や売上高が公表されており、自社の業種が平均してどの程度の在庫を抱えているかの目安をつかめます。ただし他社との比較に一喜一憂するより、まず自社の数字の推移を追うことのほうが大切です。
打ち手2:ABC分析で、重点を絞る
すべての在庫を、同じ熱量で管理する必要はありません。
ABC分析とは、出荷金額の大きい順に品目をA・B・Cと分類し、重点を絞り込む手法です。多くの会社では、売上の大部分はごく一部の品目が生み出しています。
- Aランク(売上の上位):適正な水準を保ち、重点的に管理する
- Bランク(中位):基本ルールに沿って効率的に回す
- Cランク(下位):販売停止や切り替えも視野に入れて見直す
「全部を大事にする」ことは、「どれも管理しきれない」ことと紙一重です。集中は、在庫管理にも効きます。
打ち手3:いきなりAIに飛ばず、段階で最適化する
在庫の最適化には、踏むべき順序があります。
在庫最適化は、見える化からはじめて段階的に高度化していく。
ここで強調したいのは、AIの前にやることが3つあるということです。見える化・ルール化・統計予測という階段を飛ばしてAIを入れても、汚れたデータが高速で間違うだけになりかねません。
その段階を踏んだ先には、AIが需要を予測し、膨大な発注の組み合わせを最適化する技術も実用化しつつあります。これは在庫を「ただのコスト」から「利益を生む資産」へと変える可能性を持ちます。ただしそれは順序を踏んだ先の話であり、こうした道具は、あくまで経営者の判断を支えるためのものです。
在庫削減で、よくある3つの失敗
打ち手を知っていても、進め方を誤るとかえって苦しくなります。ベンチャーネットがよく見かけるつまずきを、先回りで挙げておきます。
つまずきは「失敗→回避」の対で押さえておくと、進め方を誤りにくくなる。
失敗1:いきなりシステムやAIを入れる
順序を飛ばして道具から入ると、整っていないデータの上で動くため、効果が出ません。在庫が減らない原因は、システムそのものよりも、仕組みと人にあることが大半です。
→ まず見える化とルール化から。道具はその後。
失敗2:とにかく在庫を一律に減らす
減らすこと自体が目的化すると、欠品が増え、納期遅れや信用の低下を招きます。
→ ABC分析で重点を分け、Aランクは適正水準を守りながら、Cランクを見直す。
失敗3:需要予測を「当てるもの」と考える
予測はあくまで仮説です。完璧に当たる予測を待っていると、いつまでも勘の発注から抜け出せません。
→ 許容できる誤差を決め、外れたら直す。予測は、当てるものではなく、改善し続けるものです。
つまずきを先回りで言葉にできることは、それ自体が経営の地図になります。
在庫日数が縮むと、経営はどう変わるか
在庫日数が縮むと、同じ売上でも手元に残る現金が増えます。それは値引きの原資ではなく、次の成長への投資余力です。
大切なのは、在庫そのものは「悪」ではない、ということです。苦しさを生むのは、思想のない在庫です。
- 即納できることを武器にする会社
- 売れる在庫だけを持つ会社
- 幅広く持つこと自体が価値になる会社
同じ「在庫」でも、思想が違えば打ち手は逆になります。在庫戦略は、その会社のビジネスモデルそのものの表れです。だからこそ、自社にとっての「正しい在庫の持ち方」は、戦略から逆算して決まります。
そしてこれらの打ち手は、販売・在庫・会計のデータが一つの場所でつながって初めて、力を発揮します。数字が見えるようになり、その裏の構造がわかるようになり、手を打って儲かる。この一本の流れに、在庫は深く関わっています。
なお、在庫管理を具体的にシステムで実装する方法については、別の記事で解説しています。ここでは、その手前にある「経営としての考え方」に焦点を当てました。
よくある疑問
Q. 在庫日数は、まず何から見ればいいですか。
自社の在庫日数を計算し、過去からの推移を並べてみることをおすすめします。業種によって適正な水準は大きく異なるため、他社との比較よりも、まず自社の変化を見るほうが実用的です。
Q. 在庫日数と在庫回転率は、どちらを見ればいいですか。
両者は裏表の関係です。回転が速いほど在庫日数は短くなります。現場の感覚でわかりやすいのは「何日分の在庫か」という在庫日数のほうなので、まずはこちらを計器盤に置くとよいでしょう。
Q. 在庫を減らしすぎると、欠品が怖いのですが。
欠品も、販売機会を逃す立派なコストです。やみくもに減らすのではなく、適正在庫・安全在庫という考え方で、欠品と過剰の間のちょうどよい水準を探します。
Q. システムを入れれば、在庫は自然に減りますか。
多くの場合、それだけでは減りません。在庫が減らない原因は、システムそのものよりも、仕組みと人にあることが大半です。順序を飛ばさないことが、遠回りに見えて近道になります。
まとめ:眠っている現金を、起こす
在庫日数を圧縮することは、単なるコスト削減ではありません。在庫として眠っている現金を起こし、会社の成長を支える、れっきとした経営判断です。
計器を持つことは、一歩目にすぎません。本当に難しいのは、順序を飛ばさずに打ち手を回し続けること、そして棚卸差異や属人化といった「仕組みと人」の壁を越えていくことです。ここは、社内だけで進めようとすると止まりやすい場所でもあります。
ベンチャーネットは、中小企業の経営を、ツール導入の前に「どこに現金が眠っているのか」を見極めるところから支援してきました。在庫日数を計器盤に加える一歩目から、仕組みと人が動き続けるところまで、伴走します。
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