本音は、待っていても出てこない——『稲盛流コンパ』に学ぶ、場の設計

前回、盛和塾の最後の講話から、フィロソフィ浸透の4つの教えを見ました。その三つ目が「本音で語り合う場」でした。斜に構える従業員から逃げず、本音の出る場を意図的に設計せよ——稲盛和夫氏はそう説き、自身の装置として「コンパ」を挙げていました。

しかし、こう言われて素直に腑に落ちた方は少ないのではないでしょうか。飲み会なら、うちでもやっている。それでも本音など出てこない。年に何度か開いて、乾杯して、当たり障りのない話をして、一本締めで解散する。翌日の職場は何も変わっていない——。

その感覚は正しいのです。本音は、場を用意すれば自然に湧いてくるものではありません。『稲盛流コンパ——最強組織をつくる究極の飲み会』(北方雅人・久保俊介著、日経BP社)は、京セラと盛和塾で積み重ねられたコンパの実像を取材した一冊です。そこから浮かび上がるのは、コンパが徹底して設計された場だという事実です。今回はこの本を、場の設計図として読み解きます。

目次

飲み会とコンパは、どこが違うのか

まず、両者の距離を確認しておきます。

ただの飲み会と、稲盛流コンパ ただの飲み会 稲盛流コンパ 参加は自由 全員参加が鉄則 参加 話題はなりゆき テーマを事前に宣言 話題 進行なし 時間割・座席表・司会 進行 手酌でどうぞ 手酌はご法度(利他) 一本締めで解散 全員が総括・決意表明 終わり 翌日、何も残らない 翌日の行動が変わる

図1 同じ「酒を飲む場」でありながら、設計の有無がすべてを分ける

こうして並べると、コンパが飲み会の延長ではないことがわかります。京セラの創業期、稲盛氏はコンパを繰り返すことで従業員の心を一つにしたと語っています。日本航空の再建過程でも、1000円の会費を集めてしょっちゅうコンパを開いたといいます。飲みニケーションという言葉が持つ「なんとなく仲良くなる」響きとは、まるで別の代物なのです。

七つの奥義は、場の設計図である

同書は、コンパを機能させる要件を「七奥義」として整理しています。これを設計の四つの局面に分けて読むと、構造がはっきりします。

七奥義=場の設計図 1. 入口をつくる ①全員参加 出欠を取らない ②テーマ 事前に伝えておく 誰も傍観者にしない 2. 場を運ぶ ③時間割 分刻みの進行表 ③座席表 部署を混ぜて配置 幹事の仕事=段取り力 3. 心を通わせる ④利他 手酌はご法度 ⑤壮大な夢 大きいほど強く結ぶ 仕事の心構えを学ぶ場 4. 学びに変える ⑥総括 全員が決意表明 ⑦日々進化 完成形は存在しない 飲み会を学習に変える 場は、偶然生まれない。設計され、運用され、改訂されつづける

図2 七奥義の四局面——入口・進行・心・出口。どれが欠けても場は機能しない

入口をつくる。全員参加は、コンパ最大の分岐点です。よほどの事情がない限り、仕事が残っていても優先する。出欠を取らない会社が多いのは、参加が前提だからです。稲盛氏は、催しに乗り気でない人が必ず出てくることを認めた上で、それでも全員参加を鉄則としたと語っています。同書は踏み込んで、出たくない人が1人でも出るようなら、最初からコンパをしないほうがいい、と書きます。是が非でも全員で語り合うというリーダーの執念がなければ、コンパは機能しない。欠席者が出るのは執念の欠如だ、と。

テーマの事前設定も、傍観者を出さないための仕掛けです。事前に伝えておけば、口数の少ない人も考えをまとめて来られる。テーマなき場は、必ずただの飲み会に流れていきます。

場を運ぶ。販促キャンペーンや関連グッズの企画販売を手がけるレッグスでは、社内のルールブックでコンパの流れを分刻みに定めています。乾杯の挨拶5分、歓談、テーマ発表5分、議論——といった具合です。座席表も幹事が前日までに作り、複数部署が集まる会なら同じ部署が固まらないよう配置します。その上で「この人とこの人はコミュニケーションを深めてほしいから、近くの席にしよう」と戦略的に組みます。ここまでやるのかと思われるかもしれませんが、幹事の経験を積むと段取り力そのものが鍛えられるという副次効果まで織り込まれています。

心を通わせる。手酌はご法度、という規範が象徴的です。他人より先に自分の器を満たすのは利己の表れ。周りの器に目を配り、少なくなったらさっと注ぐ。そうしていれば自分の器も空かない——地獄と天国のうどんの寓話そのものです。ある盛和塾生は、焼酎の割り方は相手の好みを覚えておくよう指導され、自分の尺度でなく相手の尺度を知れとよく叱られたと振り返っています。コンパで細やかな気配りができない人が、仕事で利他の心を発揮できるはずがない。酒席の作法が、そのまま仕事の作法の稽古になっているわけです。

そしてもう一つが、夢を語ることです。ある沖縄の会社の社長は、わずか9坪の塩専門店から始めた頃から「この商品は世界に出ていくんだぞ」と語りつづけ、のちに東京進出を果たしています。リーマン・ショックで業績が落ち込んだ不動産会社の社長は、1人あたり月3万円だったコンパ予算を5000円まで削りながら、決してゼロにはしませんでした。週に何度も顔を出して「今の危機を乗り越えたら、こんな事業をやろうな」と語りつづけ、難局を越えています。昼の会議では白けてしまう話が、コンパでは受け入れられる。ここに、この場の独特の効き目があります。

学びに変える。コンパは締め方が違います。一本締めでは終わらない。参加者一人ひとりが、その日の気づきと、明日から何を変えるかを発表する。発表中に隣と話すのは厳禁です。ある会社は感想・リポート提出・全員回覧と三回にわたって総括させ、別の会社は指名の順番をあえてばらばらにして緊張感を保つ。自らの頭で整理し、自らの言葉で表現することが自主性を生み、人が育つ——その一点のために、ここまで手が込んでいます。

なぜ、会議ではだめなのか

ここで一つの疑問が出ます。テーマを決めて真面目に議論するなら、会議でよいのではないか。

同書の答えは明快です。会議の議論は筋道を立てて直線的に進むが、コンパの議論は情感に基づいて進む。だから同じテーマでも、アウトプットが変わる。

京セラで稲盛氏の下にいた人物は、こう証言しています。昼間に「世界一を目指す」と話しても一方的な訓話になってしまい、会話のキャッチボールにならない。酒が入ると本音が出て、人間対人間の会話になる。だから納得感がまるで違う、と。

組織は、論理だけで動く機械ではありません。感情を持った生き物としてうごめく。ならば、感情が動く場を別途こしらえる必要がある——コンパとは、その割り切りの上に立った装置なのです。

形式を整えても、本音は出ない

ただし、ここまでの話には決定的な落とし穴があります。七奥義をすべて守っても、コンパが機能しない場合があるのです。

同書に登場するレッグスの内川淳一郎社長は、稲盛流にのっとってコンパを開き、胸襟を開いて語っているつもりでいました。目立った不満も出ていない。分かり合えていると思い込んでいた。ところが業績が悪化した途端、鬱積していた経営者批判が一気に噴き出します。従業員から見た彼は、稲盛の教えを表面的になぞって分かったつもりの「まねっこ経営者」でした。

原因を突き詰めて、彼はこう気づきます。会社が大きくなるにつれ、自分はいつしか本音を語らなくなっていた——いや、語れなくなっていた。誰にどこまで情報を公開してよいのか、その線引きが分からなくなっていたからです。テーマを決めて議論する形式は整えたが、中身は形だけになっていた。

そして同書は、この事例の核心を一行で書きます。経営者が従業員に情報を公開する境界線など、実は存在しなかった。勝手に線を引いていたのは、内川のほうだった

本音が出る順序は、内から外 機能しないコンパ 形式を先に整える テーマ・司会・総括 経営者が線を引く どこまで話してよいか 形だけのコンパ 不満は水面下に溜まる 「分かり合えている」という思い込みだけが残る 機能するコンパ 経営者が先にさらす 未熟さも含めて 従業員が本音を返す ぶつかり合いが起きる 組織が一枚岩になる 形式が中身を得る 形式は同じ。違うのは、経営者が自分を開いているかどうかだけ 境界線は存在しない。引いていたのは、いつも経営者自身である

図3 同じ七奥義を実装しても結果が割れる理由——順序が内から外に向いているかどうか

内川社長は、皮肉なことに、3人で会社を始めた頃のほうが本物のコンパだったと述懐しています。テーマも司会もまだ何もなく、時には自宅に泊まり込んで夜明けまで議論していた頃です。形式は後から来たのに、形式が来たことで中身が抜けた。

これは、このサイトが繰り返している順序の問題そのものです。記述はいつも内から外へ。経営者自身が自分を開くこと(内)が先で、従業員の本音(外)は結果として出てくる。順序を逆にして、外側の形式から始めれば、七奥義はただのマニュアルに堕ちます。前回の稲盛03で見た「率先垂範」と「門前の小僧の告白」が、ここでも効いています。心を高めることが先で、経営が伸びるのは後。心を高める、経営を伸ばすという順序は、飲み会の設計にまで貫かれているのです。

まとめ

  • コンパは飲み会の延長ではなく、全員参加・テーマ・時間割・座席表・利他の作法・夢・総括という七つの要件で設計された場である
  • 会議が直線的に進むのに対し、コンパの議論は情感に基づいて進む。だから同じテーマでもアウトプットが変わる
  • 締め方が決定的に違う。全員が気づきと明日の行動を自分の言葉で述べることで、飲み会が学習に変わる
  • ただし形式だけでは動かない。経営者が先に自分の本音をさらさなければ、七奥義はマニュアルに堕ちる
  • 情報公開の境界線は、たいてい経営者自身が勝手に引いている

そして七つ目の奥義——コンパに完成形はない、という一項が示唆的です。人数も、場所も、縦型か横型かも、目的によって変わる。試行錯誤しながら改訂しつづけること自体が、この装置の一部なのです。完成した形式を導入するのではなく、自社の場を自分たちで育てていく。これはまさに、学習する組織のふるまいそのものでしょう。

では、自社ではどんな場をつくればよいのか。コンパをそのまま真似る必要はありません。同書は、目的が一心同体の組織をつくることにある限り、表現の仕方は100人の経営者がいれば100通りあっていい、と書いています。稲盛氏の言葉を借りれば、コンパとは「従業員への愛情表現」なのです。形式はコンパでなくてもいい——前回の講話で稲盛氏が語っていた教えと、同書の結論はここで重なります。次回は、読書会や勉強会も含めた「同志の場」を自社でどう立ち上げるか——共に学ぶ場のつくり方に進みます。

よくある質問

Q. 社内の飲み会をコンパに変えるには、まず何から始めればよいですか。

全員参加とテーマの事前設定からです。参加を前提にし、よほどの事情がない限り仕事より優先する。テーマを事前に伝えておけば、口数の少ない人も考えをまとめて来られ、傍観者が出にくくなります。

Q. 七奥義をすべて実行しているのに、本音が出てきません。何が足りないのでしょうか。

順序です。経営者が先に自分の本音をさらすこと(内)が先で、従業員の本音(外)は結果として出てきます。情報公開の境界線は、たいてい経営者自身が勝手に引いています。外側の形式から始めた場は、七奥義を整えてもマニュアルに堕ちます。

Q. テーマを決めて真面目に議論するなら、会議で十分ではありませんか。

両者は別物です。会議の議論は筋道を立てて直線的に進み、コンパの議論は情感に基づいて進みます。だから同じテーマでもアウトプットが変わる。組織は感情を持った生き物としてうごめくため、感情が動く場を別途こしらえる必要があるのです。

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この記事を書いた人

Takuomi Mochidaのアバター Takuomi Mochida 株式会社ベンチャーネット代表取締役

株式会社ベンチャーネット 代表取締役
2005年に株式会社ベンチャーネットを設立後、SEOをはじめとするデジタルマーケティング領域のコンサルティングサービスを展開
広告・SNS・ウェブ・MA・SFAと一気通貫で支援を行っています
著書に『普通のサラリーマンでもすごいチームと始められる レバレッジ起業 「バーチャル社員」があなたを救う』(KADOKAWA、2020年)

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