考え方をすべて変える

育児介護休暇という言葉が当たり前になってきましたが、現実には、まだまだ実行しづらいのも事実。
抜けた人の穴埋めを誰かがしなくてはならず、他人にしわ寄せがいく。
管理職の場合は、仕事自体が回らない。

「後を考えると休みは取れない」ということで「休暇」という単語が有名無実になっていることは珍しくありません。

しかし引用記事に出てくるスウェーデンの場合、そういったことはない。
育児休暇はきちんと取得され、しかも休暇明けには出世するケースも多いよう。
なぜ、こんなことが可能なのか。それには2つの要因があるようです。

まず1つ目には、休暇取得で誰かが抜ける場合に、仕事の方法自体を変化させるという考え方をするのがスウェーデン。
日本の場合、仮に10の仕事を10人でしているとする。そこに1人欠員が出た場合、10わる9の仕事をするという単純な分割方法で仕事をするのが一般的。

しかし、この考え方だと上司が抜けた場合、司令塔が不在になり、10の仕事そのものが回らなくなってしまいます。
スウェーデンでは、管理職が休暇を取る場合、まずその管理職がしている仕事の内容を考える。
引用記事ではパート分けをして分割して、それを統括する部署を新しく設けるという方法が取られています。

また休暇を取得した管理職が戻ってきた場合、その人の強みを活かせる部署を新設、そのため休暇取得により「ステップアップ」することになるのです。

つまり、スウェーデンでも誰かが休暇を取った場合、基本的には仕事を分割する。しかしそれでもカバーできない部分は、新しい部署を作るなどして、それまでと流れを変えてしまう部分を作るのです。

1人が抜けると、仕事の方法や方向性を変化させる。
そして休暇が明けた人が戻ってきたときに、その新しい土台の上で活躍できるような舞台を作っておく。
そのため、休暇取得をしたことで、地位が落ちるようなことはない、というわけ。
こういった考え方が根付き、実際の行動に反映されている理由は「休暇取得があって当たり前」という前提条件だからです。

つまり、会社のメンバーは、好きなように休みを取るのが当たり前。
そうなったときにベストな結果を出せるようにしておくのも当たり前。
そのため「仕事やその方法ありき」ではなく、会社で働く労働者を主体にした発想で物事が動くのです。

スローな時間を受け入れる

もちろん、誰かが休み、そのために仕事の方法を変えれば、しばらくの間、新しい方法が定着せず結果が出ないことは、ままあるよう。
この点は、日本でもスウェーデンでも同じ。
スウェーデン労働者の技術が高いわけではありません。

「他人が休むことを受け入れる」背景には、時間の流れがゆっくりである、そしてそれを許す社会があるのです。

日本の場合、24時間コンビニが開いており商品がある。
また時間指定の宅配も普通。こういった生活をしていると、夜中に欲しい商品がコンビニにないとイラつく。
また店の不手際だと文句を言う。いわゆる「世知辛い社会」ができていきます。

こういう考え方の背景には「自分も夜中まで残業しているのに」という思いがある。
スウェーデンは、全くの逆。自分たちは好きな時に好きな休み方ができる。
店が17時で終わるのも、道路工事が終わらないのも、労働者の事情があるのだろうと考える。
つまり全体的に時間の流れがゆっくりな国、それがスウェーデンなのです。

仕事というのは相対的なもの。自分だけが早くタスクをこなしても、そのあとの効率が悪いと、結果が出ないこともある。

こういうことが起きた場合
「自分の感覚では今日中に終わることだったのに。」
と腹を立てるか「後続のスピードは自分と違ったらしい」と受け入れるか。
この違いが、休暇取得をしやすいか否かにつながるのです。
ゆっくりした時間の流れを受け入れることは、多様性の容認にもつながります。
1つの仕事をこなすのに、要領のいい人もいればその逆もいる。
別の仕事では逆転することもある。

そういったときに「あいつは仕事が遅い。」ではなく、遅い部分を許容して強みを活かすようにしたらどうか。
こういった考え方をすれば、障がい者や高齢者の労働環境はずっとよくなる可能性が高くなります。
また健常者であっても、自分の健康や家族を維持することに神経質になりすぎなくてもよい。
「何かあっても社会は許してくれる」からです。

つまり現在のスウェーデン社会の考え方は、今後の労働環境に欠かせない考え方なのですね。
時間のゆとりは、文字通り「余裕」ですね。

誰かが欠けたときに、欠けた部分を追求するのではなく、欠けることを認める。
その上で、今やるべきことを行うのにベストな方法を考える。

人間は「してあげたこと」を記憶しやすく、「してもらったこと」は忘れやすいとも言いますね。
まず
「人と自分の環境は違って当然だと考えること。」
そして「他人の価値観を認めること。」

この2点が今の日本社会、会社環境に大きく欠落していることのようです。

日本の高齢化事情を考えれば「5分間隔の電車にスムーズに乗る」ことができる人が少数派になるのは、そう遠いことではないのですが。