ジェネレーションギャップはもう古い

働き方改革というニュースを尻目に「それ以前の問題がある。」と自分の職場環境に対して思う人もいるはず。

以前、サイバーセキュリティ大臣が「パソコンを使ったことはない」と言い、物議をかもしましたが、こういった上司はどこにでもいるのでは。
逆に、スマホなどタブレット機器しか使ったことがなく、パソコンスキルがない新卒社員にパソコンを教えなくてはいけないという現象も起きています。

その中間に位置する、中間管理職の場合、パソコンは使えても電子メールが主流。
チャットツールは使いこなせないなんてことも。
IT機器は「時代遅れ」かどうかを図るのには、もってこいですね。

しかし、もはや「時代遅れ」を語ること自体が「時代遅れ」だと引用記事では語られています。
現在、IT機器の進化は、かなりのスピードで進んでいます。

しかし進化の過程がわかりやすかったのは、今のバブル世代まで。バブル世代は「ワープロの登場」「パソコン」「インターネット」というわかりやすい階段を上ってきている。
そして現在、スマホ、チャットツールという段階にいる。

「時代」と共にステップアップという感覚を持ちやすく、時代遅れという感覚を持ちやすいのがバブル世代。
またバブル世代は、現在中高年、時代に置いて行かれることに1番危機を感じやすい年齢です。上の世代が時代に置いて行かれる姿を見て「反面教師」にする、そしてチャットツールには染まり切れず、焦りを感じたりもする。

これより下の世代、特にインターネットが当たり前の世代になると、あまりIT技術について、こだわりはない。
AIスピーカーが出てきたところで、新製品登場という認識。
必要であれば、使えばよいし、そうでなければ使わないというクールな感覚を持ち合わせています。

そもそも、時代遅れとは「何かに対する認識」の問題。
つまり「これ知ってる?」という問いに応えられるかどうかですが、バブル世代は、知識など何かを多く持ち合わせていることに価値観を置く世代。
それに対して、下の世代は「ググればよい」と考える。

若い世代は、突き抜ける発想が弱いと言われますが、かといって共通の価値観を持ち合わせているというわけではない。
「流行」という一定のものさしがない。そのため他者に自己肯定をしてもらうのが難しく、ネットの社会などで「自分に合った世界」を探す状態と言える。

会社においても、1つの会社に帰属意識を持てば一生安泰というわけでもない。
突き抜けにくいのは、まず「足場を固めるだけで必死」ということの裏返しともいえる。
「時代」という足場がないからこそ、そこにすがろうと改元騒動が盛り上がったのではないかという見方もできます。

「今」「多様化」というキーワード

自己肯定感を持ちにくい時代である反面、これが正解という時代でもありません。

「日本はすでに大国ではない。」と言われる反面、「評価は高い」という意見もある。どちらが正解ともいえない。見方の問題であり、どちらもあっているとも言える。
どちらがよいのかを決めるのではなく、こういった色々な意見が出てくることが大切なのです。

そして「大国ではない」と言い切れるか。だとすればどういった解決方法があるのか。そもそも「大国でない」ことは問題なのか。
この一言から生み出される課題は、たくさんあります。

情報化社会の今、こういった課題を検証するために、必要な事実やデータは、いつでも簡単に、しかも膨大な量を知ることができる。
こういったことに対する価値観を時系列に並べ「それは時代遅れだ」と言っているうちに、すぐ何かが時代遅れになっていく。

インターネットがもたらす情報化社会とは、そういった世界。
「時代遅れ」と言ったワード自体が意味を持たない。
大事なことは、「今考え得るベストな方法」であり、多くの意見を知ること。
また「日本が大国でない」ことと「評価されている」ことは、必ずしも矛盾しない。

前者だけを訊き「否定されている」と、即判断することは非常に危険だともいえます。
時代で判断するのではなく、今もたらされた情報を、きちんと聞き取り、自分なりの解釈ができるかどうか、それが大事な「時代」になってきているのです。

昔を省みる意義

では「時代」感覚は無意味なのかというと、そうではありません。
その時代に、なぜそういった現象が起きたのか。横の情報が膨大な量になりつつある現在、縦軸を意識して物事を思索するという時間は大切。

ただ事象を回顧して懐かしむのではなく、その背景や精神性を考えることは重要です。
そういったことを考える中で「自分の時代は終わった」と感じることもあるでしょう。

時代についていくか否かは、あまり意味のないことですが、時代の主役が変わりつつあるという自覚を持つことには意味があります。
歳を経れば、心得も変わる。
絶えず今を知り、モノを考える。そのために自分の立ち位置を知る。
そういった意味では、時代を意識するのも悪くないかもしれません。

いずれにしろ自分の時代や価値観に固執するのは、自分の内面だけにとどめたいものですね。