狭いカテゴリーを超えないという損失

新年度に注目される事柄の1つが「名門大学の祝辞。
今年の東京大学入学式で祝辞を披露したのは、上野千鶴子名誉教授。
女性の人権を守る先生として名高い上野千鶴子名誉教授の意見は、日頃から賛否両論を巻き起こしています。

そんな上野千鶴子名誉教授が述べた祝辞の内容とは「自分が勝つことばかりを考えず、恵まれない人を助けることに力を使ってください。そして弱いもの同士は助け合ってください」といったこと。

「自分の力を伸ばし、社会に通用する人間になれ。」ではないのです。
というのも、日本の最高学府に来るような人間が、こういう心構えを持つのは当たり前。
「その力を、自分のためだけに役立てようと思うな。」という意識がより令和という新元号を迎える今、大事になっているということ。

東京大学は官僚を多く輩出する大学でもあります。自分たちのことだけを考える政治に対する皮肉もあるのかもしれません。
それも含め、引用記事では「日本は想像以上に世界の中でも冷たい国なのかもしれない。」と書かれています。

「おもてなし」をアピールする国が世界有数の「人に冷たい国」というのは、どういうことなのか。
それには、日本社会の構造に原因があるようです。

まず昭和型の社会を考えてみましょう。多くの人は大会社を目指し、家庭を持ちます。そういった所属先で人格を肯定される。
また地域社会のつながりも、今よりは深かった高度経済成長期、町内会などに属する人は、町内で肯定される。

しかし、会社にも属さず、町内会にも入っていない場合はどうなるのか。
そういった人たちの存在は忘れられていたといってもいいでしょう。
その代わり、自己肯定をされていた人たちが、生活保護受給者のことを考えることもない。よくも悪くもバッシングもなかったともいえます。

今はこういったカテゴリーでの盤石感が、かなり揺らぎつつある時代。
昨日まで大会社の正社員だった人間が、いきなり無職になる。

失業保険や生活保護を受ければ、金銭的には何とかなるかもしれません。
しかし「会社員」「地域住民」としての立ち位置は失う。味方が誰もいなくなる可能性も大。

そもそも先進国の中で、日本は「国が貧しい人の面倒を見るべき」という意見が最も少ない国なのです。
全ては自己責任という考え方なのですね。
そしてボランティア意識が低い国でもある。昭和型社会が崩れ、所属する足場を失うと、居場所がなくなる国、それが日本なのです。

では、欧米各国はなぜ「人助け意識」が高いのか?
最大の理由は「キリスト教徒が多い」など信仰心の問題があります。
冒頭の上野千鶴子名誉教授の言葉は、どこかのミッションスクールの祝辞のように聞こえますね。
つまり「成功者は弱いものを助ける」という発想自体が当たり前なのです。

そのため、社会保険や教育といった分野に、国家がお金を出すことも当たり前。
また国や自治体の手が回らない福祉分野には積極的に手を貸そうと考える。
こういった考えのもとでは、「隙間に落ちる人」が出にくい。

日本のように、国や企業と言った大きな団体が制度を作り、その制度に沿って人を助けるとなると、その制度の隙間に落ちる人たちが出てきます。
そういった人を助ける慣習が日本にはない。

また失業した人は、金銭的に救いがあればいいわけではない。
自己否定感に悩み、心の病を得る。そして他人からさらにバッシングを受ける。家族が介護をすることになり、介護の負担が増えていく。

人生では、病気や災害といったいろいろなことに遭遇する可能性があります。
災いに合うこと自体がそもそも本人の責任ではない。
そして悩みや困りごとは、1つのカテゴリーに収まることではない。

しかし「本人が悪い」「周囲が何とかすべき」といった意見で終わる。

そして、この横を見ない考え方は、労働現場において大きな損失を生んでいると考えられるのです。

まず失業した人に関心がないとなれば、その人の持つポテンシャルも当然、無視される。逆にこういった人に手を貸すことで、企業や地域は逆に大きな力を得ることができるかもしれません。

特に災害被災者、病気を得た人など、いわゆるネガティブ体験をした人たちは、そういった当事者にしかわからない悩みを抱えています。
そういったことを解決することが、ビジネスにもなり得る。

また、こういったネガティブ体験者は、労働者として戦力にならないと思われがちですが、人にはできない体験をしていることが大きなメリットになる可能性も高い。

「無条件の人助け」という形で、カテゴリーを超えた人と接することで、労働市場も流動性が高くなります。

日本の現状では、心身健康、家庭円満などの条件を満たした人だけが社会に肯定される。1つでも何かを失うとどんどん切り捨てられていく。
これでは、国として滅びていくのが目に見えています。
引用記事では、最も社会で成功を収める人は「Giver」だと述べられてます。
Giverとは、文字通り「与える人」。

各種カテゴリーを超え、職場や地域で「おせっかいをやく」人こそが、今の日本の労働市場にも欠かせない人材なのです。