就職は勝負ではない

新卒採用の入り口といえばエントリーシート。どういった書き方をすれば、希望先の企業が採用してくれるのかは、就活生には気になるところ。

先ごろ、何と実際に人気企業で採用されたエントリーシートを無料配布したイベントが行われたよう。
「これで、就職活動は1歩抜け出ることができる。」と思いきや、そんな時代は新卒一括採用ルールがなくなる2020年あたりで消えてしまう可能性も大きいのです。

そもそも企業が欲しいのは、自社に役立つ人材です。
そのため、就活生は特技や自分の性格などをあれこれとアピールするわけですが、実際の仕事と人間のマッチングは、そこまで単純ではない。
雇用してみたら、双方が思い違いをしていたという可能性も高いのです。

またエントリーシートは、ある程度パターン化されたもの。
つまり傾向と対策ができてしまう。すると入試のように、早めに情報を仕入れ、その傾向に近い回答を書けるようにしておけばよいということになってしまう。

つまり情報戦に強いだけの人材が有利になります。
もちろん、こういった情報戦を制する力を持つ人材が欲しい場合は、有効ですが、大学入試などと同じく、入試の勉強だけができるタイプが来てしまう可能性も高い。

今でも有名大学などは、入試の傾向と対策を練り、その方向に向かって勉強をする。合格したら、そこがゴールというケースも少なくありません。
大学入試はあくまで入り口であり、その大学で何をするかが目的のはず。
つまり大卒後にどんな人間に育っているのかの方が、はるかに重要なはず。
そのため、単なるクイズに終わらない、本当にやる気と実力のある人材を選ぶことができるよう、記述式にするなどの改革が行われているのです。

就活も全く同じこと。また就職の場合はゴールがありません。
終身雇用制が崩壊しつつある今、最初に入った会社を辞める可能性もある。
しかし、だからといって腰掛けのつもりで入社されては、採用した会社には何のメリットもありません。
まず、就職した会社の戦力になる。そのうえでやはり別の会社で勝負してみようと思う、そういった人材であれば選ばれる可能性は大きいのです。

以前であれば「御社に一生を捧げます」というタイプが評価されました。
しかし、終身雇用制がなくなりつつある今、使えないまま会社に籍だけを置く社員ほど無駄なものはありません。
「転職する可能性もあるけど、まず御社でどれだけできるかやってみます。」というタイプは、仮に会社を辞めたとしても、その会社に貢献する可能性が高い。

引用記事に載っているインタビューでは、「どこへ行きたいか」ではなく「何をやりたいか」を聞くという話が出ています。
そのため、この記事中に出てくる三井物産、JTという2大人気大手企業では、合宿をするなど、新しい社員採用方法を導入。
合宿採用では、仕事の疑似体験から面接、また夜のレクレーションなど、かなり手間暇をかけて、1人の人間の色々な面を見られる仕組みになっています。

特定の技術や希望だけを見るのではなく「人としてどうなのか?」を見て行くことに重点を置くよう。
そして採用段階でしっかり話をすることで、ミスマッチも防げる。

また採用後も特定の部署だけで、仕事をさせるのではなく、ローテーションを組み、色々な部署を体験させてみるという方法も行われているようです。
これも実際に、いろいろなことをやってもらうことで「どういう人材なのか」を見極めるため。
それと同時に、色々な体験をすることで、思わぬ方法で人が伸びていく可能性も出てきます。

既存の社員も変化していく

これから先の社会で、会社にとって大事な社員とは、会社への帰属意識を持つ社員という部分は変わらない。
しかし、年齢やキャリアに関係なく、今自分が1番やりたいこと、目標にしていることを会社に還元する。これが、今後の労働者の基本的なスタンス。

当然、既存の社員の扱いも変わってきます。
終身雇用制の時代は、長く勤めることが自動的に会社への帰属意識とみなされ、給与も上がっていきました。
しかし長く籍を置く人が、会社に貢献しているかというとそれはまた別の問題。何となく、長期間同じ会社にいるという人は、新卒採用者より使えないともいえる。そういった人材の評価や給与は安くなっていくことでしょう。

またシニアの評価も変化していきます。年功序列には「歳をとった人の経験値を重視する」という意味も含まれていますが、経験が何の役にも立っていない場合、「年の功」は何の意味もありません。

逆に、年齢や経験を経たからこそできる強みを発揮する人は、評価が得られる。
新卒社員だけでなく、既存の社員も出身大学や現在の肩書、年齢、キャリアが無条件に評価される時代ではありません。
現在の新卒社員はすでに、そういった柔軟な考え方を持つようになってきています。

「今何ができるか?」で評価される時代は、すでに始まりつつあるのです。