同時に休む必要性

改元と同時に実施された前代未聞の「10連休」。
休み前から懐疑的な声もありましたが、各種混雑騒動を経て、改めて「意味があったのか?」という声が上がっています。
この10連休、果たして意味があったのか。

長期休暇を肯定する意見の1つに「欧米では、もっと長いバカンスを取っている」という説があります。
しかし欧州のバカンスは、長期休暇の取得が可能ということであり、国民全員が一斉に休んでいるわけではない。

したがって、国民全員が混雑の中、頑張ってレジャーに励むという構図にはならない。
今回の連休で問題なのは「全員一斉に同じ時期に休暇を取っている」という点にあるのではないか。

しかし、全員一斉といっても、当然サービス業などは、休む人たちのニーズにこたえる必要があるため休みではない。むしろ逆に忙しくなります。

つまり、大型連休の場合、休みが長い人とその逆の人という2極化になっている可能性が高い。
混雑の中、レジャーに励む人、そのレジャーを支える人、双方が大変になってしまうのです。

国民の祝日が多いと言われる日本、その理由の1つに「家族サービスができる」ということがありますが、2極化する時点でこの前提はおかしい。
また農業、漁業など第1次産業の場合、連休に関係なく働かなければいけないことも多い。

引用記事には、そもそもこの4月から施行された「働き方改革」の意味は、「一律性からの脱却にあるのでは」と述べられています。
今回の改革には、長時間労働の是正や、正規雇用、非正規雇用の格差をなくすなど、一律に労働者の権利を守る項目が見られます。

雇用形態による格差をなくす意味は、ただ権利を守るためだけではない。色々な生き方を認めるためなのです。

育児や介護といった「やらなければいけない事情」のほかに、仕事だけに生きる生活はいやだ。地域貢献に重点を置きたいなど、労働に対する価値観は人それぞれ。
そもそも長時間会社の椅子に座っていれば、会社に貢献できるかというと、そうでもない。むしろ時短で効率よく仕事をこなす人の方が、会社にとって有益かもしれない。
そういった労働の「質」を正当に評価しようという意味で、作られた法律といってもいいでしょう。
つまり、働き方は本人の裁量に任せるということ。

という法律施行が行われるや否や「強制休暇」。
休んだ分は、当然他の日にしわ寄せが行きますね。人によっては、そこに対応できず、体を壊したり、最悪離職したりということも考えられます。

障がい者や高齢者の場合、特に働き方の日程や時間には柔軟性が必要。
しかし、いきなりその逆をやってしまったのが、今回の連休といえるでしょう。

平等とはみな同じという意味ではない

このようになってしまう原因として、「人はみな平等」という考え方があります。
そのため、教育、福祉、医療も格差が出ないよう配慮されている。
それ自体は大変すばらしいこと。

しかし、義務教育とは「最低限度の教育を子供は受ける義務がある。」ということ。
通学時間や形態については、子供に合った方法で行えばよい。
しかし、現実は細かい規則の中で、他の人たちと同じようにふるまうことを強制される。
そこについていけず、学校に行けない、さらにはそれを苦に命を絶つという本末転倒な事故が起きてしまうのです。

福祉、医療も同じこと。どういう人であっても、福祉、医療を受ける権利があるということ。
どんな内容を選択するのかは本人の自由。
しかし現実には、過剰な医療行為を受ける羽目になる。また生活保護バッシングが起きるといった現象がある。
こういった行動の背景に何があるのか。それは「他人との比較」。

人が病院に行くなら自分も行く、自分は働いているのに、あの人は福祉金をもらっている。
元々、考え方も立ち位置も違うのですから、権利の行使方法も違って当たり前。
しかし、同じように権利を行使しなくてはいけないと考える。

この結果、社会全体が「一律主義」になってしまっているのです。
そのため、枠からはみ出た人間が育ちにくい。決まった会議の中でしか発言が出ない。
組織の殻を破れず、国際社会から取り残されていく。これが現在の日本の姿です。

そもそも今回の10連休、改元というおめでたい状況での出来事ですが、天皇制それ自体についての議論はあまり出ない。
「おめでたい連休に水を差すな」という一律な空気が、休みを支配していた感もあります。

一律感覚から抜け出す方法は「共通のテーマ」にこだわらないこと。
10連休だ、新しい元号だと盛り上がるのが日本人とされた感のある今回の連休。

こういった大きなテーマに盛り上がって当たり前という感覚があるからこそ、差別が起きる。自分が差別対象にならないため、とりあえずついていくということになってしまう。

「自分は休みなんだけど、そっちは何をしているの?」という考え方が、当たり前になれば、一律環境から抜け出すことが出来る。
働き方改革に大切なことは、まず「違いを認める感覚」を持つことです。