働き方に関する議論が盛んに行われる中で、注目したいキーワードの1つが“AI(Artificial Intelligence; 人工知能)”です。2016年には、英オックスフォード大学のマイケル A. オズボーン准教授と野村総研の共同研究により、「将来的に、日本の労働人口の約半分の職業がAIやロボットで代替可能になる」という報告書が発表されました。AIは、単に人間の仕事を奪うだけの“敵”ではありません。その反面、企業にとっても、人件費削減のための”味方”になるとは限らない存在です。今回は、AI時代を生き抜くための“ケンタウロス”という働き方について考えたいと思います。

人間とAIが協働すれば、AIを超えられる?

AIと人間の戦いということでまず思い浮かぶのが、ボードゲームの世界です。2016年3月、「AIが勝つのは難しい」と言われていた囲碁の世界においても、Googleが開発したAlphaGo(アルファ碁)が世界トップクラスの棋士に勝利し、大きな話題を呼びました。

このような話を聞くと、“すでにAIは人間の能力を超えつつある”と思われるかもしれませんが、そんな“強敵”であるAIに勝つ方法を見出した人がいました。それが、チェスの世界チャンピオンだった1997年当時、AIに敗北を喫したガルリ・カスパロフです。
『〈インターネット〉の次に来るもの 未来を決める12の法則』(ケヴィン・ケリー著、服部圭訳、NHK出版、2016)によると、カスパロフは、「自分もAIのように過去の膨大な試合のデータベースを試合の場で使えたならば、もっと有利に戦えたのではないか」と考えました。そして現在、“フリースタイル”と呼ばれる試合形式を考案したのです。

フリースタイルチェスでは、従来通りに人間だけの力でプレーしても、AIの指示に従ってただ駒を動かすだけでも構いません。もちろん、AIの助言を聞きつつ、ときには自分の判断で駒を動かすというスタイルでもいいのです。カスパロフは、AIと人間が協働してプレーするこのスタイルを、ギリシア神話に登場する半人半獣の生き物になぞらえて、“ケンタウロス”と名付けました。

人+AI=ケンタウロス

上述の著書によると、2014年に行われたフリースタイルバトル選手権では、AIだけのプレーヤーが42勝したのに対し、“ケンタウロス”は53勝したといいます。つまり、人間がAIと協働して“ケンタウロス”となることで、AIの能力を上回ることができたのです。

すでに私たちは“ケンタウロス”だった?

これはあくまでもチェスの世界での話ですが、AIがビジネスの世界に浸透し始めれば、同じような現象が起こるのではないでしょうか。私たち人間が、“ケンタウロス”となることを目指し、AIと協力して仕事を進めていくことができれば、従来以上の生産性を手に入れられるはずです。

とはいえ、こうした現象は何も新しいことではありません。私たちは、今までも、常に新たなテクノロジーを柔軟に取り入れることによって、生産性を向上させてきたのです。今では当たり前に使われているインターネットやパソコンといったものも、30年前には想像もつかなかったことでしょう。私たちは昔から“ケンタウロス”として人間以外の力を活用し、時代に合わせてその半身をアップデートしてきたにすぎないのです。

これからの“ケンタウロス”には、プロフェッショナルであることが必要

しかし、AIを自らの半身にすることは、簡単ではないかもしれません。冒頭のチェスの話に戻ると、“ケンタウロス”がAIに勝つことができたのは、AIと組んだ人間が、チェスのトッププレーヤーだったからです。チェスの素人がAIと組んでも、AIを超えることは難しいでしょう。

半身であるテクノロジーが進歩している以上、もう半分である人間も進歩しなくてはなりません。これからの時代に、AIを半身とした“ケンタウロス”になるためには、それぞれの分野において、プロフェッショナルでなければならないのです。
とはいえ、一部のエリートだけがAI時代に生き残っていくというわけではありません。AIと協働できるレベルを保つためには、1人の人間がプロフェッショナルとしてカバーする範囲というのはより狭まっていくと考えられます。つまり、一つひとつの分野がより細分化していく可能性があるのです。そうした社会においては、自分がプロフェッショナルになれる分野を見つけるということが重要な課題になるはずです。これには、以前の記事でご紹介した”パラレルキャリア”という考え方が活かされるかもしれません。

企業はどうやって”ケンタウロス”を活用するか

様々な分野において、プロフェッショナルであるためには、絶えず学習を行い、知識や技能を磨いていくことが求められるでしょう。来るべきAI時代には、学習や教育といったものの重要性が増していくと考えられます。これは、個人の問題だけではなく、企業としても取り組むべき課題です。“ケンタウロス”として活躍できる人材をどうやって育成し、マネジメントするのか。”ケンタウロス”人材の教育コストを考えると、AIを導入することによって、単純に人件費が削減できるとは限りません。外部の人材を活用するということも考えられますが、これにも相応のコストがかかるでしょうし、こうした外部の人材に自社の重要な仕事を任せるとなれば、組織のあり方にも関わってくる可能性があります。AIと協働する“ケンタウロス”人材を活かすためには、現在の制度やシステムを根本から見直す必要があるかもしれないのです。

 

いかがでしたでしょうか。
“AIがビジネスの世界に浸透する”と言っても、今はまだ漠然としたイメージしか持てない人が多いと思います。そのために、“AIが人間の仕事を奪う”といった一種の“AI脅威論”のようなものが拡がったり、反対に、”AIで人件費が削減できる”という楽観的な考えに繋がったりしているのかもしれません。
しかし、AIの技術は確実に進歩しており、実際にAIを導入する企業も出てきています。近い将来、AIがビジネスの世界や、日々の生活の中に当たり前に存在するようになるでしょう。来るべきAI時代に向けて、人間がAIの半身としてふさわしい存在になるように、そして、企業がそのような”ケンタウロス”人材を活用できる体制を整えられるように、準備を進めていかなくてはならないのです。